第57話

「さて、全て読ませてもらっての感想だけど……あなたはこう言いたいのね」


 山之口さんはそこで一度、言葉を切る。

 そして、ぱっと顔を明るくすると言った。


「――世界は愛で満たされている、と!」

「…………えっ?」


 彼女の発言があまりにも想定外だったので、俺は面食らってしまった。


「伊集院太陽くん! この小説は、あなたと小夜子ちゃんをモデルにして書いているものね?」

「ああ、はい。やっぱり分かりますか?」

「当然よ。登場人物の陽太も小夜も、あなたたちと瓜二つだもの」


 山之口さんは目をキラキラさせると、ぐいっと俺に近づいてきた。


「こんなに鮮烈な恋の物語を書けるなんて、あなたたちの愛は本物なのね! 見直したわ!」

「は、はぁ……」


 俺は思わず、一歩後ずさる。

 ……彼女が小説を認めてくれているのは嬉しいが、反応が意外すぎる。

 俺はこっそりと、小夜子に耳打ちをして尋ねてみた。


「山之口さんって、愛だとか恋だとか、そういうのに目がないタイプなのか?」

「私も知りませんでした。ロマンチストなんですね」

「人は見かけによらないなあ……」


 堅そうな風紀委員が、これほど乙女チックな部分を持っているなんて思わなかった。


「あなたたち、いつから付き合っているの? どっちから告白したの? どこまで行った?」


 山之口さんは興奮気味に俺たちに尋ねる。

 俺たちが付き合っていることはまだ誰にも話していないのだけど、小説を読んだ彼女にはバレてしまったようだ。

 と言うか、どこまで行ったかなんて訊かないでほしい。

 俺はとりあえず「健全な付き合いをしています」とだけ答えておいた。


「あの、ところで千景先輩。文芸部の存続は、どうなるんでしょうか……」


 小夜子がおずおずと尋ねると、山之口さんはきょとんとした顔で、

「何言ってるの? こんなに素晴らしい恋物語を作り出す文芸部を廃部にするわけないじゃない」

 と言った。


 ……つい数時間前までは廃部にする気満々だったのに、とんでもない手のひら返しである。

 まあ、文芸部が存続するのなら、結果オーライだけどな。


「はぁー、本当に素敵な恋愛小説ね……。ねぇ、これ持って帰ってもいいかしら?」


 山之口さんが俺を上目遣いで見て訊く。


「コピーした原稿ですし、構いませんよ。そんなものでよければ、どうぞ持って帰ってください」

「やったー! 百回は読み返そうーっと!」


 山之口さんは子どもみたいにぴょんぴょん跳ねてはしゃいだ。

 本当にもう、風紀委員としての威厳はどこにも感じられない。


「じゃあ、私はもう帰るわね。帰ってこの小説を熟読するから! それと、伊集院太陽くん!」

「は、はいっ」

「次回作も期待しているわよ。文芸部なんだから、また書いてよね」

「えっと……機会があれば」

「うん、お願いね。じゃっ!」


 そう言って、山之口さんは部室を去っていった。

 残された俺は小夜子を目を合わせる。


「良かったですね先輩、文芸部が続けられて」

「うん……そうだな、良かった。本当に、良かったよ」


 そう言って俺たちは、どちらからともなく微笑んだ。

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