第55話
夏休みの最終日、文芸部の部室。
俺は小夜子と机を挟んで向き合い、座っていた。
「……」
「……」
俺たちの間に沈黙が流れる。
昨日、お互いに好きだと言ったせいで、妙に関係がぎこちなくなっているのだ。
き、気まずい……。
今までどんな風に彼女に接していたのか、その感覚がうまく思い出せない。
俺たちに会話はなく、窓の外から聞こえる蝉の鳴き声だけがひたすらやかましい。
「あのさ、小夜子」
「ひゃいっ」
小夜子の体がびくりと跳ねる。
緊張しているのは彼女も同じようだ。
「小説の話なんだけど……最後まで書き上げたんだ。読んでくれるかな」
「あっ、はい! 読みますっ」
「前にも途中までは読んでもらったけど、その部分も相当書き変えてある。素直な感想を聞かせてくれ」
俺はコピー用紙に印刷した小説の束を渡す。
陽太と小夜の、文芸部で過ごす物語。
ほぼ俺と小夜子が経験した実話を元に書いただけの作品ではあるが……それでも、俺にとっては生まれて初めて完結させた小説だ。
この大事な小説は、まず最初に小夜子に読んでほしかった。
「えへへ……懐かしいなあ。私たちの出会いから始まるんですね」
「おう、文芸部に小夜子が来たときのことを思い出しながら書いたよ」
「陽太は出会った頃から、小夜にほのかな恋心を抱いていた……ふーん、これ、実話ですか?」
「俺は最初から小夜子のことを可愛い子だなーと思ってたよ」
「へー……そ、そうですか。……えへ、嬉しいです」
小夜子は少しはにかんで笑う。
それから彼女は、目を輝かせたり、顔を赤らめたりしながら俺の小説を読んでいった。
一緒にプールへ行って小夜がポロリするシーンには「ここまで小説で再現しますか!?」と頬を膨らませたりもした。
そんな風に小説を読んでいく中で、俺たちの間に流れている気まずさは少しずつ解消されていった。
いつも通り、自然に会話ができている。
そして、ラストシーン。
夏祭りの夜に、お互いの気持ちを告白して物語は終わる。
「はぁー……いいお話でした。すっごく面白かったですよ」
十万文字ほどの小説を読みきった後、小夜子は満足した表情で言った。
面白かった、か。
正直、俺の書いた小説は、完成度で言えば0点だろう。
独りよがりで展開も滅茶苦茶、ダラダラと日常シーンが続いたりする、読者のことを何も考えていないような出来である。
でも、それは仕方がない。
この作品は、俺と小夜子のためだけに書かれたような、ごく個人的な作品なのだから。
だけど、初めて書いた小説を一番好きな女の子に面白いと言ってもらえた。
俺はもうそれだけで満足だった。
「これで文芸部の廃部は回避できそうですねー」
「ああ、そうだといいな……」
夏休みが終われば、風紀委員の山之口さんに文芸部の活動実績を見せねばならない。
俺の書いたこの小説を、彼女は認めるだろうか。
この部室で過ごす時間を大事に思っている俺にとっては、切実な問題だ。
恋愛描写も多い作品になったし、山之口さんのことだから「不健全! 文芸部は廃部よ!」なんて言い出すかもしれない。
「大丈夫ですよ、先輩。この小説は面白いです、私が保証します」
不安になっている俺に、小夜子が力強く言ってくれた。
そうだ、弱気になっていてもしょうがない。
俺は書き上げた小説を読み返し、誤字を修正したり、読みやすい文章に改良したりして残りの夏休みを過ごした。
そして新学期。
九月一日の放課後、すぐに彼女はやってきた。
「さあ文芸部! 活動実績を見せてもらうわよ!」
山之口さんは文芸部の部室に入ってくると、仁王立ちをしてそう宣言したのだった。
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