第54話

 告白された。

 人生で初めて。


 その事実がまだ信じられず、俺は数秒間固まっていた。

 ゆっくりと、先ほど彼女が放った「好きです」という言葉を反芻する。


 何か答えねばならない。

 そう思って俺が口を開きかけたとき、小夜子がそれを遮るように言った。


「あの、先輩。今はまだ、無理に答えてくれなくてもいいです」

「えっ?」

「鈍感な先輩のことですから、私の気持ちには気づいてませんでしたよね? びっくりさせちゃいましたよね、きっと……」

「ああ、うん。驚きはしたよ」

「答えはいつでもいいです。ただ、私が先輩を好きだってことを知っておいて欲しかっただけなんで……」


 小夜子は花火の方を眺めたまま上擦った声で言う。

 暗闇で分かりにくいが、彼女の横顔は赤く染まっているようだ。


「答えか……迷うことなんて何もないんだけどな」

「ひぅっ……」


 俺の言葉に、小夜子はびくりと体を震わせた。

 小動物のようでとても可愛らしい。

 そんなことを思いつつひと呼吸置き、俺は決心して言った。


「俺も小夜子のことが好きだよ」


 ――ついに、言ってしまった。


 本当は、ずっと前から俺は小夜子のことを好きになっていた。

 だけど、その気持ちをずっと押さえつけていたのだ。

 彼女が俺のことを好きになってくれることなんて、絶対にないと思い込んでいたから……。


 どうせ叶わぬ恋ならば、好きにならないほうがいい。

 そう思って、俺は自分の恋心を自覚しないようにしていた。


 こんなに可愛い後輩といつも一緒にいたら、そりゃあ好きになってしまうだろう。


 小夜子の無邪気に笑う姿が好きだ。

 恥ずかしがって顔を赤らめているところも好きだ。

 すぐ調子に乗るのに、実は傷つきやすくて繊細な心を持っているところも好きだ。


 二人だけの文芸部で過ごす時間の中で、俺の心は小夜子に惹かれていった。


「えっ……えっ? 本当、ですか……?」


 小夜子が潤んだ瞳で俺を見上げる。


「ああ、俺は小夜子のことが好きだ。本当なら、俺からカッコよく告白したかったんだけど……」

「そ、そうですよっ……! こういうのは、男の人の方からびしっと言って欲しいものです!」

「小夜子の言う通りだな、すまん」


 俺は頭を掻いた。

 小夜子は頬を膨らませて拗ねている。


「じゃあ……小夜子は今から、俺の彼女ってことで……いいんだよな?」


 俺が尋ねると、小夜子はびくっと体を震わせて頬を赤く染める。

 そして、目を泳がせながら言った。


「は、はいっ、もちろん……。先輩は、私の彼氏ですね……」

「あ、ああ。そうだな……」


 恥ずかしくて、まっすぐに相手を見ることができない。

 俺たちはむずむずした気持ちを抱えたまま花火を見つめていた。


 二人の距離はぎこちなく開いたままだ。

 だけど、今はこれでいいのかもしれない。


 ついさっきまで俺たちは、ただの先輩と後輩でしかなかったのだから。

 少しずつ、恋人らしくなっていけばいいのだ。


 花火は最後に、一際大きな光を夜空に舞わせた。

 夢のような時間が終わり、俺たちは駅ビルの屋上を後にする。


 こうして、二人の夏が終わりを告げようとしていた。

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