第52話
「さーて、先輩も私のことを思い出してくれたことだし……」
「おう」
「帰りましょうか」
「……ん?」
今から花火を見に行こうとしていたのに、何を言っているんだこの後輩は。
と言うか、俺にも色々と聞きたいことがある。
一年も前から俺たちは出会っていたのに、なぜ今までそのことを黙っていたのか。
そして、それを俺に思い出して欲しかったとはどういうことなのか。
俺の頭は混乱したままなのだが、彼女はそんなことはお構いなしに話を進める。
「ま、帰るというのは冗談ですけどー。先輩、人の多い場所が苦手でしょう?」
「ああ、そうだな」
「会場に近づくほど人は増えますよ。ちょっと花火から遠くてもいいんで、人の少ない場所から花火を見ませんか?」
「小夜子がそれで良いなら構わないよ」
「先輩のためですからね、ふふんっ」
そう言って胸を張る後輩の違和感に、俺は気がついた。
「……小夜子、脚がプルプル震えてないか?」
「えっ!? な、何のことでしょうかー? 下駄を履き慣れてないせいで歩くのに疲れてなんていませんよー?」
わざと平気そうな顔をしてみせる小夜子。
そんな彼女を見て、俺は肩をすくめた。
「なるほど、下駄を履き慣れていないせいで歩くのに疲れていたのか」
「な、何でわかったんですかっ!?」
「全部自分で言ってただろ……」
俺は呆れつつ、どこかに座って休める場所はないかと周囲を見渡す。
小夜子の今の様子では、花火大会の会場まで歩くのは無理そうだ。
「小夜子、少しなら歩けそうか?」
「無理です。動けても30センチくらいです」
「あっそ、置いてくわ」
「嘘ですよー! 置いてかないでくださいー!」
「冗談だって……。はぁ、聞きたいことがたくさんあるのに、何でこんなどうでもいい会話をしてるんだか……」
俺は思わず苦笑した。
とにかく、まずはこの場から離れなければ通行の邪魔になってしまう。
俺たちは人の少ない方へと進むことにした。
「あー、やっぱりもう歩けないです! しんどいです!」
「仕方ないなあ。俺がおんぶしてやろうか」
「えー、先輩、おんぶなんてできるんですかー?」
「当然だ。それに、ラノベだと定番だしな」
「出た、ラノベ脳! 浴衣でおんぶなんて実際にはありえませんよ」
「そうなのか?」
「当然です。浴衣でおんぶなんてされたら、布がはだけて……その、パンツ、見えちゃいますし……」
「えっ! パンツ見えるの!?」
「恥ずかしいんで大声出さないでください!」
「よし、小夜子をおんぶしよう」
「下心がバレバレですよ! それに、おんぶしている先輩から見えませんからねっ!?」
「あ、そうか……それじゃ意味ないな」
露骨にテンションの下がる俺のことを、小夜子はジトーっとした目で見ていた。
「はぁ……先輩はエッチすぎますね……。まあ、今に始まったことじゃないですけど」
「ごめん、悪かったよ」
「許してあげます。先輩がエッチなことはもう諦めてますから」
「俺は諦められていたのか……」
「ところで先輩、屋上に上りませんか? 花火、ここからでも見えるかもしれませんよ」
小夜子は目の前にある駅ビルの上の方を指差した。
花火大会の会場は遠いから、駅ビルからでは見えない気もする。
でも、どっちにしても小夜子は遠くまで歩けないし……。
「よし、上がってみるか」
「はい、行きましょう」
「もう一度聞くけど、おんぶしようか?」
「ダメだって言ってるでしょう! 先輩のエッチ!」
ぺちっと、小夜子が真っ赤な顔で俺の背中をはたく。
まったく、からかい甲斐のある可愛い後輩だ。
俺たちは軽口を叩き合いながら、駅ビルの屋上へと向かった。
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