第46話
「せ、せせせせ、先輩の変態っ!」
電話を通して、小夜子の上擦った声が聞こえる。
顔が見えなくても、彼女が頬を真っ赤に染めている姿が簡単に想像できた。
「何を焦ってるんだよ。俺はただラッキースケべを書くと言っただけだぞ」
「ラッキースケべって、前に先輩が説明してくれたアレですよね……?」
「ああ! 例えば風で女の子のスカートがめくれたり、倒れた拍子におっぱいを触ったり、風呂場でばったり――」
「説明しなくていいですからっ!」
小夜子は俺の言葉を遮るようにして叫ぶ。
突然の大声に驚き、俺は思わずスマホを耳から遠ざけた。
「耳がキーンってするだろ。急に叫ぶなよ」
「せ、せせせ先輩のせいでしょう! わ、私にエッチなことをしようだなんて……」
「えっ? 小夜子に?」
「私がモデルのキャラにラッキースケべをするということは、私にエッチなことをするのと同じですっ!」
「いや、小夜子と小夜は別だろ。俺と陽太だって別の人格だし」
「同じですよ! 私たちの分身のようなキャラじゃないですか!」
「小夜子、以前と言っていることが違ってないか……?」
「いいんです!」
ちょっと前までは「名前が似ているだけで登場人物と私たちは別人」と言っていた気がする。
発言に一貫性のない後輩である。
まあ、おかしな点を深く追及できずに、彼女の勢いに流されてしまう俺も俺なのだが……。
「とにかく、小夜にエッチなことはしちゃダメです! 恥ずかしいですから!」
「でも、ラッキースケべが入った方が良い作品になるだよ」
「えー……そんなことで本当に作品が良くなりますか……?」
「俺にとっては良くなる」
「先輩にとっては、ですかー……」
「そうだ。ラッキースケべが嫌いな人もいるだろうけど、俺はあった方がいいと思う。それもラノベの魅力の一つだ」
「うーん……まあ、先輩の作品なので、先輩が好きなように書いた方がいいですよね。でも、うーん……」
小夜子はしばらくあーだこーだ言っていたが、最終的には「いいですよ」とラッキースケべを認めた。
これで小夜のエッチなシーンを書き放題である。
エロラノベじゃないのでそこまで濃厚な描写をするつもりはないが、少し心が踊った。
「まったく、ラッキースケべなんて現実ではありえないのに……。男の人は非現実的なことが好きなんですねー」
小夜子が呆れたように言う。
だが、俺はその言葉に反論した。
「現実ではありえないだって? ラッキースケべは現実にもあるぞ」
「えっ?」
「現に俺は体験したことがある」
「えっ? えっ?」
小夜子が戸惑ったような声を出す。
「先輩、誰かとエッチなハプニングを経験したことがあるんですか……?」
「おう!」
「変態! 浮気です! 誰なんですか相手は!」
う、浮気……?
俺は誰とも付き合っていないから、浮気しようがない。
何を言っているんだろう、この後輩は。
「相手は可愛い子ですか?」
「うん、めちゃくちゃ可愛い子だ。惚れてしまいそうなくらいだな」
「むむむっ……先輩はその子にエッチなことをしたと……?」
「ただの事故だけどな。胸をうっかり触っちゃったりとか……」
「不潔! 不潔です!」
「あとは、プールに一緒に行ったときにポロリを見たよ。綺麗なおっぱいだったなあ……」
「ぐぬぬ……ん? プール?」
「二人でウォータースライダーに乗って、ビキニが取れちゃってな。その子は俺の部活の後輩なんだが――」
「私のことじゃないですかーっ!! 先輩の変態! 変態! ド変態!!」
一際大きな声で小夜子が怒鳴った。
怒りと羞恥が混ざり合ったような叫び声だった。
彼女の姿を目の前で見られないことが残念だ。
恥じらいから顔を真っ赤にして、目に涙を貯めて俺を見上げる後輩の姿を簡単に思い浮かべることができる。
「む、胸を見られたこと、せっかく忘れかけてたのに……」
「ごめんごめん。つい小夜子をからかいたくなっちゃって」
「もう先輩なんて知りません! 電話切りますからね」
「えー、じゃあ明日から部活に来てくれないのか?」
「ぶ、部活には来ますよっ! 明日も午前中から部室で待ってますからね!」
「はいはい。また明日な、おやすみ」
「知りませんよ、先輩の変態! おやすみなさいっ!」
ブチッ、と電話が切れた。
小夜子は怒っていたけれど、部活には普段通り来てくれるようだ。
時計を見ると、十一時半。
俺もそろそろ眠りたいところなのだが……すっかり目が冴えてしまっていた。
小夜子と話していて、プールでの彼女のポロリや、そのときの反応を思い出したせいだ。
女の子の恥じらいというのはとても魅力的なものだ。
その様子を、小説の中で表現したい。
読者にその素晴らしさを知ってほしい。
熱い思いに突き動かされた俺は、再びノートパソコンを開いた。
「魅力的なヒロインを書くんだ! 彼女の恥じらう姿を魅力的に書くんだ!」
異常な集中力で俺はキーボードを打ち込み続けた。
とんでもない速さで執筆は進み、気付けばカーテンの隙間から朝の日差しが漏れてきていた。
結局その日、俺は徹夜で小説を書き続けたのだった。
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