第45話
それから俺は、来る日も来る日も小説を書いた。
家で書き、部室で書き、食事中も風呂に入っているときもストーリーを思い描いた。
書き始める前は大変だと思っていた執筆も、想像していたよりは難しい作業ではなかった。
意外とスムーズに書けている。
自分の身の回りで起きたことをモデルにすればいい作品内容なので、展開に困ることもそれほどない。
小説としての完成度は低いだろうけど、そんなことは気にせず書き進める。
立派なものを書かなければいけないという先入観を捨てれば、小説を書くのは難しいことではないのかもしれない。
俺はそんなことを思うようになっていた。
小説の中で、陽太と小夜は騒がしくて楽しい日々を送る。
それはまさに俺と小夜子が過ごした時間とそっくりだ。
午後十一時、自室。
俺は大きく伸びをして、ノートパソコンを閉じた。
二時間くらいパソコンとにらめっこをして小説を書いていただろうか。
さすがにずっと同じ体勢でいると疲れる。
少しストレッチでもしようと思い椅子から立ち上がったとき、携帯が震えた。
「ん? 小夜子から電話か」
珍しいな、と思って携帯を手に取り、電話に出る。
すると、夜だというのにハイテンションな後輩の声がした。
「先輩っ、お疲れ様でーすっ」
「お、おう……。どうしたんだ、こんな夜中に」
「急に先輩の声が聞きたくなっちゃって……」
「はいはい、そういうのいいから」
「先輩は冷めてますねー。こんなに可愛い後輩から電話がもらえたというのに。今、何してました?」
「今か? 小説を書いていたところだ」
「へぇー、すっかり文芸部員みたいですね!」
「ずっと前から文芸部員だけどな……」
まあ、やっと文芸部員らしくなったということなのだろう。
後輩にも俺のことを見習ってほしいところである。
「で、何の用だ?」
「用事はないんですけどー。先輩の創作活動のネタになるかと思って電話してみました」
「えっ?」
「夜中に好きな後輩から電話がかかってくるなんて、ドキドキしますよね? 小説のネタにしていいですよ!」
「いつ俺が小夜子のことを好きになったんだよ……」
俺が呆れながら言うと、小夜子はくすくすと笑った。
彼女は最近こんなふうに、小説のネタになりますよ! と言って俺に色々なちょっかいをかけてくる。
「まあいいや。余裕があったら後輩から電話が来るシーンを入れるよ」
「やった! 採用ですね」
「はいはい。他のネタも待ってるからな。ラノベっぽいやつが特に欲しい」
「ラノベっぽいやつですかー」
「おう。だって一応、俺が書いているのはライトノベルだからな」
「うーん……」
小夜子は黙り込んでしまった。
ラノベっぽいネタと言われても、そもそも小説を読まない小夜子には何も思い浮かばないだろう。
……やっぱり、自分でなくちゃダメなんだろうな。
俺は額に手を当てて目を閉じた。
実は、小説を書き始めてから悩んでいる点が一つあった。
それは、一体「ラノベっぽい」とは何なのか、ということだ。
俺はライトノベルを書きたいと思っているが、今のままではただの「文芸部の日常を書いた話」でしかない。
陽太と小夜が二人で騒々しい日常を送る。
個人的には書いていて楽しいストーリーだが、ラノベっぽいかと言われたらそうでもないように思えてくるのだ。
「やっぱりラノベと言ったら、アレが必要かな……」
「アレ、ですか?」
俺が神妙な声で言うと、耳元から小夜子の戸惑ったようなような声が返ってきた。
「先輩、アレって何ですか?」
「ライトノベルでラブコメを書くのなら必ずと言ってもいいほど出てくる、それは――」
「それは?」
「ラッキースケべだ!」
「…………」
電話なので顔は見えないが、小夜子はきっとドン引きしていると思う。
今まで何度かラッキースケべについて熱く語ったことがあるが、俺のラッキースケべへのこだわりは本物だ。
ラッキースケべが好きで仕方ない。
そして、ライトノベルにはラッキースケべが絶対に必要だと信じている。
「小夜子! 俺は作品をラノベに近づけるためにも、ラッキースケべを書くぞ!」
「…………」
俺がはっきりと宣言しても、小夜子は黙ったままだった。
彼女はどう思っているのかは分からないが、俺の創作意欲は今まで以上に燃え上がっていた。
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