第43話
「俺は思ったんだよ」
八月も中旬に差し掛かった、ある日の文芸部。
俺は小夜子に言った。
「小説はやはり、自分が何を書きたいかが重要なんだ。そうでなければ、血の通った物語は完成しない」
「あっ、はい。で、今日は何のゲームやります? それとも映画を観ます?」
「スルーしないでくれ」
「だって先輩が急にプロ作家みたいなことを言うんですもん。まだ何も書いていないのに」
「うぐっ……」
俺は少し傷ついたが、何とか心を持ち直す。
そしてスマホをいじっている後輩に真剣な眼差しを向けた。
「今日の俺は本気だ。この前、部室に灯里と芦沢くんが来ただろう?」
「ああ、はい」
「あの日、改めて思ったんだ。俺は後悔したくないって」
「後悔、ですか?」
「うん。芦沢くんから、まあ、ちょっと……色々言われてな。彼が言いたかったのは恋愛の話だったと思うんだが……」
俺は一旦言葉を切ってから続ける。
「このまま文芸部がなくなったとしたら、俺は一生後悔すると思うんだ。だから、小説を書きたい」
まっすぐに小夜子を見据える。
すると、彼女の目が大きく開き、頬がかすかに赤く染まった。
「……ふーん、先輩、結構かっこいい顔をするんですね。こんなの、中学生の頃に一目惚れしたとき以来です」
「中学生の頃?」
「こっちの話なんで気にしないでください。で、小説を書くんですよね?」
「おう」
「だったら、質は低くてもとにかく完成を目指すのがおすすめですよ。体裁さえ整っていれば、千景さんは納得すると思いますから」
「いや、それじゃ嫌なんだ」
俺はぴしゃりと言った。
確かに彼女の言う通り、小説として形にさえなっていれば、それで文芸部は活動しているとみなされるかもしれない。
だが、それでは自分の中で納得がいかない。
ちゃんと「これが俺の作品だ。どうだ、ライトノベルは最高だろう!」と胸を張って言えるものが書きたい。
もちろん、プロのような完成度の高いものが書けると思うほど、俺はうぬぼれてはいない。
これは自分のプライドの問題だ。
ただ風紀委員を納得させるためだけではなく、全力で好きなものを創作したい。
自分でライトノベルを書く以上、そうでなければ嫌なのだ。
それが、今まで俺を楽しませてくれたライトノベルに対する礼儀だと思う。
俺がその気持ちを伝えると、小夜子はちょっと呆れたように笑った。
「はぁ……先輩って意外とこだわりが強いですよねー」
「そうかもな」
「でもそういうところ、嫌いじゃないですよ」
「おう、ありがとう」
「それで、先輩が全力で書きたいものって何なんですか?」
「あー、それなんだが……」
俺はひとつ咳払いをする。
自分の書きたいものを告白することは、かなり恥ずかしい。
だが、どうせ小説を書き始めればバレるのだから、ここで言うべきなのだろう。
「文芸部を舞台にした話にしようかと思ってるんだ。まあ、自分がモデルってわけじゃないけど……」
「へー、いいんじゃないですか」
「主人公はラノベ好きで友達のいない高校生っていう設定だ」
「ほうほう」
「一つ年下の後輩女子がいて、その子は小説には全く興味がない」
「……ん?」
「主人公はラノベを読もうとするたびに後輩からちょっかいを出されるんだが、何だかんだで楽しい日常が続き……」
「って、ちょっと待ってください! その主人公って、完全に先輩がモデルじゃないですか!」
小夜子が立ち上がって叫んだ。
俺は慌てて弁明する。
「いや、違うんだよ。確かにちょっとだけ俺と主人公が似ているところはあるが……」
「ちょっとだけですか!?」
「ほら、俺なんて人生経験も浅い高校生だし、どうしても自分の私生活が小説の設定に滲み出ちゃうものなんだよ」
「……そうは言っても、その主人公は先輩としか思えません。そして、後輩キャラは完全に私ですよね?」
「小夜子がモデルってわけじゃないよ。まあ、似てると言えば似てるけど……」
「似てると言うかそのままですよ! 恥ずかしいです! 小説の中とは言え、私が先輩と付き合っちゃうなんて……!」
「ん?」
「小説の中で、主人公と後輩は付き合うんですよね? きゃっ、恥ずかしーっ」
「いや、付き合わないけど」
「え」
俺が言うと、小夜子が愕然とした顔をした。
「ライトノベルで主人公とヒロインが付き合わなくてどうするんですかーっ!?」
「いや、付き合わないラノベもあるぞ。例えば……」
「例を出さなくていいんです! とにかく、この二人は付き合わせるべきです!」
「そ、そうなのか……? そこまで言うなら、その方向性も考えておくよ」
彼女の強い主張により、なぜか俺の作品に恋愛要素が加わることになった。
文芸部を舞台にした日常モノにしようと思っていたのだが、突然の予定変更である。
「そういう話を書くのなら、私も小説にアドバイスをしてあげますね! 任せてください!」
小夜子はなぜかやる気満々だった。
書くのは俺なんだけどなあ……。
俺は苦笑しつつも、最後までしっかり書き上げようと決意を固めた。
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