第39話

 プールサイドで待ちぼうけ。


 ウォータースライダーのある場所から走り去った小夜子は、女子更衣室へ駆け込んだらしい。

 俺は灯里に事情を説明して、小夜子の後を追ってもらった。

 さすがに俺が女子更衣室まで入っていくわけにはいかないからな。

 そんなことをしたら前科がついてしまうかもしれない。

 ただでさえ酷い高校生活だというのに、仮に前科までついてしまったら、もう目も当てられない人生になってしまう。

 そんなわけで俺はぽつんと一人、プールサイドに立ち尽くしていた。


 おっぱい。


 ……いかんいかん、ぼーっとしていたらつい先ほどの光景を思い出してしまう。

 俺は邪念を追い払うべく、脳内で素数を数えることにした。

 17、19、23、えーっと次は……。

 そうやって頭をひねっていると、思ったよりも早く灯里が更衣室から出てきた。

 その後ろには、顔をやや俯かせた小夜子も続く。


「お、おう。小夜子……」

「は、はい……」


 気まずい。

 とんでもないハプニングを見てしまっただけに、どう接すればよいのかわからない。


「小夜子、さっきは……」

「さっきはすいませんでした!」


 俺の言葉を遮り、突然小夜子は謝ってきた。


「先輩は、私を他の男性たちの視線から守ろうとしてくれたんですよね?」

「ああ……まあな」

「それなのに、走って逃げちゃって、すいませんでした」


 ぺこり、と後輩は頭を下げる。

 まさか彼女から謝られるとは思っていなかった。


「いや、全然いいよ。こっちこそごめんな。その、見ちゃって」

「……ほんと、ガン見しすぎでしたよ」

「す、すまん……」

「忘れてください」

「えっ?」

「今日起きたことは全て忘れてください。私も忘れますから。……そうじゃないと、恥ずかしくて先輩と目が合わせられません」

「お、おう。分かったよ」


 忘れろと言われても、忘れられそうにない。

 そのくらい、先ほどのハプニングは俺の脳裏に焼き付いていた。

 だけど、彼女が目を合わせてくれなくなったら困る。


「よし、俺は何も見てないぞ」

「そうですね。私も何も見られていません」

「まったく、太陽も小夜子ちゃんも、初々しいなあー」


 俺と小夜子の様子を見ていた灯里が、ニヤニヤしながら言った。


「小夜子ちゃん、おっぱい見たんだから責任取ってください、って言えばいいのにー」

「な、何言ってるんですか灯里さんっ!?」

「男の人に胸を見られたのは初めてなんでしょ? 責任取ってもらいなよー」

「は、初めてではありますけど……いや、もう忘れてくれるって先輩も言っているのでっ……!」


 小夜子は真っ赤な顔になってあたふたしていた。

 それにしても、見られたのは初めてなのか。

 ……何だか興奮してきたな。


「とーにーかーくっ! 今日はもう帰りましょう。もうプールにいたくないです……」


 小夜子はそう言ってぷいっと横を向いた。

 彼女は元々水が苦手なのに、今日の出来事でさらにトラウマを植え付けてしまった気もする。

 今後、小夜子がビキニを着ることはもうないんじゃないだろうか。


「そだねー、帰ろっかー。アタシ、今日は楽しかったしもう満足だよー」

「私は楽しくありませんでしたけどね……」

「太陽も、今日プールに来て良かったでしょー?」

「お、おう。まあな」

「気分転換もできたことだし、小説の方も頑張らなきゃだねー」

「……」


 そうだ、忘れていた。

 小説を書かねばならないのだ。


 プールに来たので何かネタが見つかるかなーなんて思っていたが、そう簡単にはいかない。

 まあ、ラノベの中でしか起きないようなハプニングには遭遇したが……。

 さすがにウォータースライダーでポロリするシーンを詳しく描写しすぎている小説など書くわけにはいかない。

 そんな作品があったらさすがに読者もドン引き間違いなしである。


 ……明日から頑張ろう。

 俺はまたしても問題を先延ばしにすることにした。

 明日になれば、面白い小説のネタにばったり出会って、簡単に名作小説が書けるかもしれない。

 そんな甘い考えが、俺の脳内を満たしていた。

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