第38話

「うぇ……うぅ、浮き輪、浮き輪っ……」


 水面から顔を上げた小夜子は目を閉じたままそう言った。

 浮き輪がないまま水中にいることが心もとないのだろう。

 手探りでぱしゃぱしゃと水をかきながら、掴まるものがないか探している。


「ふ、深いですっ! 溺れますっ……」

「落ち着け小夜子、ちゃんと足が着くだろ! あと、水着が……!」


 小夜子は軽いパニックに陥っているようで、手足をばたつかせる。

 そんな彼女の体に目をやったとき、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。


 小夜子のビキニは先ほど俺が必死の思いで掴んだので、俺の手の中にある。

 つまり彼女は上半身に何も身に着けていないわけで――。


 俺は至近距離から、彼女のおっぱいを見てしまった。


 真っ白な素肌がほどよく膨らみ、その先端には綺麗な薄桃色の突起がある。

 プールから跳ねた水滴がきらきらと光りながら、彼女の胸が描く曲線の上を滴り落ちていく。

 その美麗で扇情的な光景に、俺の目は釘付けになった。


 もしもその胸に俺の手が触れたなら、どんな感触がするのだろうか。

 きっとすべすべして柔らかく、それでいてそっと手を押し返してくるわずかな弾力があるのではないか。

 触られた彼女はどんな反応をするのだろうか。

 戸惑いつつも顔を真っ赤にして恥じらう姿が目に浮かぶ。


 生まれて初めて見る異性の胸を目の前にして、俺の脳内には一瞬にしてそのような思考が流れ込んできた。


「おい、あの女の子の水着、外れてないか?」

「うわっ、本当だ! 胸見えるかも」

「ポロリする子がいないか待ってた甲斐があったな!」


 そんな声がするのを聞いて、俺はハッと我に帰った。

 ウォータースライダーの出口から少し離れた場所に、多くの男性が集まってこちらを見ていたのだ。


「小夜子、俺の方を向いて。ほら、早く水着をつけてくれ」


 俺は小夜子の肩を抱くと、持っていたビキニのブラを手渡した。

 スライダー内で水着をキャッチしていて本当に良かった。

 小夜子を裸のままこんな場所に置いておくわけにはいかない。


「ふぇ、水着……?」

「胸が見えてるぞ。ほら、早く」

「えっ……? ……………………きっ、きゃああああああああっ!!」


 小夜子は俺の言葉にやっと耳を貸した。

 ぽかんとした表情で自分の胸に目をやり、そこにあるはずの水着がないことを確認して盛大な悲鳴を上げる。


「せ、せせせ先輩! 水着がないです! っていうか見ないでください!」

「水着ならあるから、ほら。向こうから見えないように早く着てくれ」

「ええっ!? こっちを向いたら先輩から見えちゃうじゃないですか!」

「大勢に見られるよりいいだろ!」

「せ、先輩に見られちゃうのも、恥ずかしいんですけど……うぅっ……」


 小夜子は俺から水着を受け取ると、なるべく体が見えないように隠しながらビキニのブラを身に付けようとした。

 だが、完全に隠しながら着替えることなど不可能だ。

 俺は彼女の胸を至近距離でじっくりと目に焼き付ける。


 ……こういうとき、ラブコメの主人公だったらなるべく見ないように目をそらすものなのだろう。

 俺の読んできたライトノベルだとそういうことになっている。

 だが実際に経験してみると、両目が強制的におっぱいに引き寄せられてしまうものなのだと知った。

 そのくらい、この二つの膨らみというやつは魅力的なのである。


「ふぅ……着終わりましたけど、えっと、先輩……」

「どうした?」

「み、見ましたか……?」

「何をだ?」

「何をって……! えっと、あの、私の胸、です……」


 小夜子は真っ赤な顔で俺に尋ねる。

 俺がどう答えればいいのか分からず黙っていると、彼女はその沈黙をイエスと受け取ったらしい。

 まあ、実際にばっちり見てしまってはいるが。


「せ、先輩のエッチ! 変態! もう知りませんっ!!」


 小夜子はバシャバシャと水をかき分けて、プールから上がり、どこかへ駆けていってしまった。


「太陽、どうしたの? 小夜子ちゃんと何かあったの?」


 プールサイドから、先に滑り終えていた灯里が話しかけてきた。

 俺は先ほど起きたことをかいつまんで話した。


「それはとんだハプニングだったねー。まあ、水着が外れたのは太陽のせいじゃないし、小夜子ちゃんも許してくれるでしょ」

「そうだといいけどな」

「ところで、早く太陽もプールから上がりなよー」

「ん?」

「プールから上がりなよ」

「いや、俺はもうちょっとここにいるから。先にどこか行っておいてくれ。すまない」


 俺はとある事情から、しばらくプールを出られそうになかった。

 ……まあ、可愛い後輩のおっぱいをモロに見ちゃったから、仕方ないよな。

 俺は体のある一部が収まるまで水の中にいる羽目になった。

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