第37話
「小夜子、無理をしなくてもいいんだぞ」
「大丈夫です、私も滑ります」
俺が声をかけると、小夜子は即答した。
灯里がウォータースライダーで遊ぼうと言い出したとき、小夜子は絶望的な表情をしていた。
きっと、本当は怖くて仕方ないのだろう。
ちらりと彼女の方をうかがってみると、明らかに顔色が悪い。
強がっているのがバレバレである。
「太陽の言う通りだよー小夜子ちゃん。無理せず待ってたらいいじゃん。アタシたち二人で楽しんでくるから」
「絶対に私も行きますっ!」
小夜子がより一層語気を強めた。
そこまで一人で置いていかれるのが嫌なのだろうか。
ともかく、俺たちは三人でウォータースライダーの乗り場へと向かうことにした。
「うわー! 上から見ると高いねー」
灯里が感嘆の声を上げる。
スライダーの乗り場までは、らせん状の長い階段を上る必要がある。
人気のアトラクションなので多くの人が列を作って並んでいた。
「ねえねえ太陽! 楽しみだねっ、いぇいっ!」
「そうだなー。思ったよりスピードが出そうな感じだ」
「注意事項が書いてあるよー。非常に高速で滑るので心の準備をしておいてください、だって」
「どんな注意事項だよ……」
「小夜子ちゃん、引き返すなら今のうちだよー」
「ああ、神さま。どうか私をお助けください……」
俺の後ろに並んでいた小夜子は、なぜか神さまにお願いをしている。
まさに困ったときの神頼みである。
そこまで嫌なら滑らずに待っていればいいのに。
そんなことを思いながら待つこと数分、俺たちの順番が回ってきた。
「じゃ、アタシは先に滑るから、太陽は小夜子ちゃんと一緒に滑ってねー」
「えっ?」
「ちゃんと後ろから抱きしめてあげるんだよ? 怖がってる後輩を一人にしちゃダメだからね?」
灯里はウォータースライダーの入口でそう言うと、さっさと滑って行ってしまった。
……俺は小夜子と一緒に滑らなければならないのか?
「せ、先輩。私、ちょっとだけですけど、怖いですー……」
小夜子が上目遣いで俺を見る。
ここまで言われたら、彼女を一人にするわけにはいかないと思う。
ただ、後ろから抱きしめるというのは、かなり恥ずかしい。
それは、薄布一枚が隔てただけの彼女の裸体に触れるということである。
俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
心臓の鼓動が速くなる。
そっと彼女の肌に触れようと手を伸ばし――。
「あのー、早くしていだだけませんか?」
係員のお姉さんに注意された。
……ですよね、ちょっと時間をかけすぎでしたよね。
「すいませんでした。小夜子、一緒に滑るぞ」
「は、はいっ」
恥じらいを捨て、俺は後ろから小夜子を抱きしめるような体勢になった。
係員さんの指示に従ってスライダーの淵から手を離し、滑り始める。
「ひうっ……」
小夜子が小さく悲鳴を漏らした。
俺は彼女の肩のあたりを抱いて引き寄せる。
ウォータースライダーはチューブ状になっており、何度も蛇行しているようだった。
俺たちは体を激しく左右に揺さぶられながら、ぐんぐんと加速していく。
そんな中、俺はとんでもないことに気がついた。
小夜子のビキニの紐が緩み、脱げかけていたのだ。
俺は彼女が言った「この水着、ちょっとサイズが大きかったかな……」というセリフを思い出していた。
サイズの合っていないビキニを着てウォータースライダーで遊んだりしたら、ポロリする危険があるのは当然のことだ。
まずい、これはまずいぞ。
スライダーの下のプールには、多くの人がいる。
そんなギャラリーの前で小夜子にポロリさせるわけにはいかない。
いや、確かに俺は彼女のポロリが見たいとは思っていた。
バニーガールのコスプレをしてもらったときだってそうだった。
今だって、このまま何もせずに滑り続けていれば、俺は彼女のポロリを見ることができると思う。
着水したときの衝撃で彼女の水着は外れ、その下の裸体を目に焼き付けることができるはずだ。
だけど、嫌なのだ。
自分以外の男に、彼女の裸を見られるのが、嫌だ。
俺はこのとき初めて、自分自身が、小夜子に対して強烈な独占欲を抱いていることを自覚した。
「きゃあっ」
ハイスピードで急カーブに突入したとき、小夜子は一際大きな悲鳴を上げた。
その時、ついに彼女の水着が外れてしまった。
予想以上に体が揺さぶられたせいで、着水するより前にビキニの結び目がほどけてしまったのだ。
後輩の身につけていた白いビキニのブラがスライダーのチューブ内を流れる様子を、はっきりと俺の目は捉えた。
つまり、今の小夜子は上半身に何も身に着けていないということだ。
「小夜子、胸! 水着が取れてるぞ!」
「ひうぅっ……」
俺が指摘しても、小夜子は胸を隠そうとはしない。
恐らく、水に対する恐怖から俺の言葉を聞く余裕がないようだ。
どうしよう、このままでは小夜子が裸のまま放り出されてしまう……!
俺はチューブ内を流されている、さっきまで彼女が身につけていた水着に必死で手を伸ばした。
「届けっ!!」
他の男に、小夜子の胸を見せてたまるものか。
そんな思いで俺は、逃げるように流れていく水着を何とか掴み取った。
間一髪だった。
もう少し手を伸ばすのが遅ければ、水着は先に流れていってしまったことだろう。
「よしっ、小夜子。早くこの水着を――」
そう言いかけた瞬間、俺たちはウォータースライダーから放り出され、激しく水に叩きつけられた。
俺がああだこうだと思考している間に、思ったより時間が経過していたらしい。
着水した俺はうっかりプール内の水を飲み込んでしまい、咳き込む。
だが、今はそれどころではない。
それよりも後輩のことが心配だ。
「ぶはっ、はぁ……。小夜子、大丈夫か?」
俺は水面から顔を上げ、彼女の方に目を向けた。
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