第34話

「俺たち、きっとこのままじゃダメだよな」

「えー、多分大丈夫じゃないですかー?」

「このペースだと夏休み中に小説を書き上げられないぞ」

「大丈夫ですよー。最終日にまとめてやればいいですって」

「学校の宿題じゃないんだから……」


 午前十時、文芸部の部室。

 夏休みに入って数日が経つのだが、俺たちはずっとここでダラダラと過ごしていた。

 これでは一学期中と同じである。

 むしろ、夏休みに入ってからノートパソコンを持ち込んだせいで、ダラダラ度がアップしている気さえする。

 映画を観るためだけでなく、最近ではコントローラーを接続して二人でPCゲームに興じたりもしていた。


「先輩、私たちはダラダラしてるんじゃありません。小説のネタ集めをしているんです」

「ダメな作家志望者みたいなこと言うなよ。小説を書きたいと思いつつ書かない人間はただのクズだぞ」

「PCゲームも飽きてきましたね。先輩、他のゲーム持ってないんですか?」

「ちょっとは俺の話を聞いてくれよ……」

「でも、こうやって部室で過ごすのも楽しいでしょう?」

「俺が小説を書き上げられないと、もう部室で過ごせなくなるんだけどね……」


 小夜子には危機感が足りていないようだ。

 まあ、彼女に流されるまま遊んでばかりいる俺も俺なのだが……。


「小説のネタ探しにどこか出かけます? 先輩、行きたい場所はありますか?」

「家」

「えっ?」

「自分の家に帰りたい。クーラー効いてるし」

「わ、私と一緒にですか!? じゃ、じゃあ、先輩の家族に挨拶しなくちゃっ!」

「いや、誘ってないから……」


 小夜子は慌てた様子で、カバンから手鏡を取り出すと髪型を整え始めた。

 何を勘違いしているんだ、この後輩は。


「俺の家族はみんな仕事で忙しいから、基本的には家には俺ひとりだけだぞ」

「ええっ!? じゃあ私は、先輩と家で二人っきりになるってことですか!? そ、それはさすがにまだ早いかと……」

「だから誘ってないって。俺は女の子を家に連れ込んだりしないよ」

「そうなんですか……? ふーん、先輩は紳士ですねー」

「当然だろ」


 そんな会話をしていると、廊下の方からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。

 その音が俺たちのいる部室の前で止ったかと思うと、次の瞬間、扉が思いっきり開かれた。


「太陽ーっ! 家にいないと思ったらここにいたんだねー、いぇいっ!」


 やってきたのは、ばっちりメイクを決めた灯里だった。

 真夏だというのに本当に元気なヤツである。


「何しに来たんだよ、灯里」

「だって太陽の家に行ったのに、誰もいないんだもんっ」

「夏休みは部活に出るって伝えただろー」

「えー!? いつもみたいに部屋で二人で過ごそうよー」 

「嫌だよそんなの、大体俺は一人で過ごすのが好きなんだから……」

「ちょっと! ストップ! ストーップ!!」


 俺と灯里の会話に、小夜子が強引に割り込んだ。


「先輩、さっきまで言ってましたよね!? 家に女の子を連れ込んだりしないって」

「ああ、言ってたな」

「灯里さんを思いっきり連れ込んで二人きりになってるじゃないですか!!」

「いやあ、灯里は幼馴染みだし。……なあ灯里?」

「うん。そだねー」

「納得できません!!」


 小夜子は立ち上がると、目を釣り上げてほっぺたを膨らませた。

 本人は怒っているつもりなのだろうが、必死で威嚇をする小動物のようにしか見えない。

 ただただ可愛いだけである。


「灯里さん! 芦沢さんからアタックされませんでしたか!? 私、秘密裏に彼を色々アシストしたんですけど!?」

「あー、デートに誘われたねー。あれって小夜子ちゃんがけしかけたんだ?」

「けしかけたわけではないですけど……ただ、芦沢さんを応援しようと思っただけで……」

「ふーん。上手くいけば私と太陽がくっつかなくなるもんねー」

「なっ!? 別にそんな目的ではなくてっ……!」

「隠さなくていいってー。もう、可愛いなあー」


 灯里は小夜子に接近すると、ガバっと抱きついた。

 小夜子は「や、やめてくださいー」と言って抵抗するが、灯里から逃げきれずにわしゃわしゃと髪を撫でられる。

 まるで溺愛されているペットのようだ。

 小柄な小夜子は灯里から好き放題に触られていた。


「まあ、それはいいとして……。灯里、芦沢くんの誘いは受けたのか?」

「んーん、断ったよー」

「あ、そうなんだ」

「うん。フェニックスは友達としては一緒にいて楽しいけど、恋人としてはちょっとねー」

「へえー、そうなんだ。……って、ちょっと待て! フェニックスって何だよ!?」

「アタシが芦沢くんに付けたあだ名。名前が鳳凰だからフェニックスなの」

「フェニックスは不死鳥では……?」


 まあ、灯里のことだから細かいことを気にせずにあだ名を付けたのだろう。

 フラれた挙句にワケの分からないあだ名を付けられるなんて、芦沢くんに同情せざるを得ない。


「そうだ! 太陽に会いに来た理由なんだけどさー」


 そう言うと灯里はごそごそとカバンの中を漁り始め、数枚の紙切れを取り出した。


「近所のプールにタダで入れるチケットを貰ったんだー。今日の午後から一緒に行かない?」

「えっ、ずいぶん急な話だな」

「だって今泳ぎたい気分なんだもん。他の友達も予定が入っちゃってるみたいでさー」

「プールか……まあ、たまにはいいかもな」

「わーい、決まりね! 新しいビキニ着よーっと」

「ちょっと待ってください!!」


 またしても、俺たちの会話に小夜子が割り込んだ。


「私も行きます! いいですよね、お二人とも!?」


 小夜子は俺と灯里を交互に見ながら言った。

 灯里はニヤニヤしながら「可愛いなあー小夜子ちゃん、もちろんオッケーだよー」と言って了承した。

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