第32話

「文芸部が廃部!? 一体どういうことだよ!?」


 俺が山之口さんに詰め寄ると、彼女は澄ました顔でこう返した。


「文芸部は活動実績が何もないことは調べさせてもらったわ。そういった部活動は校則で認められていないの」

「校則?」

「ええ。部活動には活動実績が求められます」


 そう言うと彼女は、自分の生徒手帳を開いて俺に見せた。

 確かにそこには、彼女が説明した通りの校則が書かれていた。


「さらに、文芸部は女子生徒に卑猥な衣装を着せるなどの不健全な活動をしていることを確認済みだわ」

「あれは誤解なんだけど……」

「ふふんっ、あの日の出来事を私が教師に伝えたらどうなるかしら」

「教師にチクるつもりかよ」

「人聞きが悪いわね。部活動に関係のないコスプレをしていたことは事実でしょう?」

「……」


 俺が黙り込むと、小夜子が俺に近づいて耳元で囁く。


「先輩、これはまずいですよ」

「……ああ、心配していたことが現実になったな」


 山之口さんに目をつけられたせいで文芸部に危機が訪れる可能性については、前にも小夜子と話していた。

 その対策として小説を書こうと試みたが、すぐに挫折してしまったのだ。

 俺たちはあの日「まあ、何とかなるだろ!」と言い合って問題を先送りにした。

 しかし、何とかならなかったらしい。

 懸念していた問題が今、現実となっている。


「千景さんたち風紀委員は、教師陣から絶大な支持を得ています。彼女の発言ならば教師も信じるはずです」

「活動実績がないうえに、部室で変なことをしていたとなると……」

「間違いなく、この文芸部は廃部です」

「うわあ……」


 俺は思わず頭を抱えた。

 文芸部が廃部になるなんて、絶対に嫌だ。

 俺にとって最も心地の良い場所がなくなってしまう。


 しかし一方で、文芸部が廃部になることは仕方がないことだとも思ってしまう。

 文芸部は現状、何もしてない。

 幽霊部員ばかりでロクな活動をしていないこの部活が、今まで見過ごされていたことの方がおかしいのだ。

 小夜子にバニーガールのコスプレをさせていた件がバレなくても、いずれは廃部の話は出ていただろう。


 文芸部もここまでか……。

 俺は半分諦めかけていたのだが、突然小夜子が口を開いた。


「あの、千景先輩。少々誤解があります」

「誤解? どういうことかしら」


 訝しげな顔で、山之口さんは小夜子を見据える。


「文芸部はちゃんと活動しています。読書をして、小説を書いているんです」

「へえ? 確かに本はたくさんあるけど……ほとんど漫画でしょう。これが読書と言えるのかしら」

「それは漫画じゃなくてライトノベルですよ。漫画っぽいのは表紙だけです」

「小説……これが?」


 山之口さんはラノベの表紙を訝しげな目で見る。

 そうか、彼女はライトノベルという存在自体を知らないのか。


 彼女には以前『真面目な風紀委員の女の子にエッチなコスプレをさせて俺の女に調教したい件』というラノベを見られたことがある。

 あのときに見たのは表紙だけだったから、中身が小説だとは思わなかったのだろう。


「ふーん、まあどうでもいいけど。で、読書はともかく、小説も書いているの?」

「はい。バニーガールの衣装も小説の取材のために着たものだと、以前に言ったはずです」

「あれは嘘だったんでしょう? 文芸部が全く小説を書いていないことは既に調査済みよ」

「嘘じゃないです。ちゃんと書いています」

「へえ、本当かしら?」

「本当です。もしも小説を書いていれば、それは活動実績になりますよね」

「そうね。で、その小説はどこなの?」

「ここにはありません」

「えっ?」

「ここにはありません」


 ……何を言っているんだこの後輩は。

 ここにないどころか、小説なんて誰も書いていないぞ。


「月野さん、じゃあ小説はどこにあるというの?」

「それは……こちらの先輩の頭の中です!」


 びしっ! と、小夜子は俺の方を指差した。

 お、俺の頭の中……だと?


「先輩は今後小説を書く予定で、頭の中では完璧にストーリーが完成しているんです」

「……へえ。でも、まだ一文字も書いてはいないと?」

「そうですね。執筆は長期休暇を利用して一気に書き上げるのが先輩のスタイルなんです」

「ふーん……信じられないけど」

「本当ですよ。夏休み明けには、泣く子も黙る超面白い小説が完成しちゃってますからね!」

「へえー」


 この後輩、どれだけハードルを上げるんだ……?

 しかも自分で書くのではなく、俺に書かせる気満々である。


「二学期まで待ってもらえれば、先輩の超傑作をお見せしますよ。そうしたら、廃部の話はナシにしてください!」

「……まあ、そんな傑作が書けるのなら素晴らしい活動実績だと思うし、廃部を取りやめるように教師にかけ合うわ」

「やった! 今の言葉を忘れないでくださいね?」

「もちろんよ」

「芥川賞も狙える傑作になりますからね、ふふふ……期待していてください!」


 芥川賞って……俺に純文学を書けと言うのか?

 黙り込んでいる俺とは対照的に、小夜子は得意気な顔をしていた。

 俺が傑作を書いて文芸部の廃部が回避されることを信じ切っている様子である。


「やりましたね先輩! あとは傑作を書くだけで廃部はなくなりますよ!」


 山之口さんが帰ったあとの部室で、小夜子は俺にそう言った。

 ……なぜ傑作が完成するという前提で話しているんだこの後輩は。


 どうやら、俺は小説を書かざるを得ない状況に追い込まれているようだ。

 俺は思わずため息をつき、頭を抱えた。


 まったく、とんでもない夏休みの宿題を抱えてしまったものである。

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