第31話
「ふぅ……暑いな……」
先ほどから俺は、何度も同じ言葉を呟いていた。
七月の文芸部。
この部屋にクーラーなどという便利なものは存在しない。
そのため、とにかく暑い。
開けっ放しにした窓から、生ぬるい風が吹き込んでくる。
「先輩……私、溶けちゃいそうです」
「そうだよな、もう今日は部活をやめて帰ろうぜ」
「それは嫌ですー」
「なんでだよ……」
俺は額の汗を拭いながら言った。
こんなに暑い日は、さっさと帰宅して、クーラーのある部屋で過ごした方が快適だ。
小夜子もあまりの暑さにバテているように見える。
それなのに彼女は、先ほどから部活を続けたいと言って聞かないのだ。
「だって、もうすぐ夏休みになっちゃうじゃないですか」
「そうだなー」
「そうなったら、先輩が部活に来る回数が減っちゃう気がして……」
「ん、どういうことだ?」
「先輩って、夏休みに入れば何かと理由をつけて、部活をサボっちゃいそうじゃないですか?」
「俺、夏休みは一日も部活に来ないつもりだけど」
「なっ!?」
小夜子はびっくりして目を見開いた。
何がそんなに意外だったのだろうか。
今、こうして放課後に文芸部に来て読書をしているのは、有意義な時間だと思う。
しかし、夏休みにわざわざ学校に出向いてまで本を読む必要はない。
通学する時間がまるっきり無駄になる。
本なんて家で読めばいい。
貴重な長期休みを潰してまで、まともに活動していない部活に顔を出す必要性は皆無だ。
「じゃ、じゃあ私は先輩とずっと会えなくなっちゃうじゃないですか!?」
「いや、会えるだろ」
「会えるんですか!?」
「四十日後に」
「二学期ッ!!」
小夜子が大げさな仕草で頭を抱えた。
会えなくてもスマホで連絡を取り合えば充分だと思うんだけどな……。
「先輩、夏休みも部活やりましょうよ! 部室でダラダラ過ごしましょうよ!」
「えー……いちいち外に出るのが面倒なんだよなあ。ダラダラするだけなら家ですればいいし」
「休み中ずっと家に引きこもっているつもりですか!?」
「うん」
「あっさり肯定しないでください!」
「だって俺の夏休みって、毎年そんな感じだし」
ラノベを読み、ネットサーフィンをし、ゲームをし、食事を摂る。
その繰り返しが俺の夏休みである。
楽しすぎて昼夜逆転してしまうので、二学期が始まる前に生活リズムを戻すのには毎年苦労している。
「はぁー……ダメですよ先輩。そんなんじゃ立派な大人になれません」
「年下から言われるとグサッと来るな」
「部室に来るのが面倒だとしても、せめて私とは会うべきです」
「えっ?」
「私が夏休みの間、先輩とデート……いや、何度でも会ってあげるって言ってるんです」
「頼んでないんだけど……」
「いいから! 先輩は私と会うんです!」
「お、おう……」
何だか勢いで押し切られてしまった。
どうして小夜子はここまで俺と会いたがるのか。
もしかして、俺以外の友達がいないとか……?
「小夜子、クラスで仲間はずれにされたりしたらすぐに言ってくれよ」
「……どんな心配してるんですか」
小夜子は呆れた目で俺を見た。
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
「夏は楽しいイベントがたくさんですよー。プールか海には行きたいですよね」
「そうだなあ(小夜子の水着姿が見たいなあ)」
「今、私の水着姿が見たいなあって思いませんでしたか?」
「心の声を読むな」
「先輩のことはお見通しですよー」
小夜子はいたずらっぽく笑った。
人の思考を読むだなんて、この後輩はメンタリストなのだろうか。
それとも、俺の考えていることが分かりやす過ぎるだけのか。
とにかく、今年の夏は小夜子と一緒に過ごす時間が多くなりそうである。
怠惰に過ごす夏もいいものだが、一生に一度くらいは後輩女子と過ごす夏があってもいい気もする。
何だかんだでこれから楽しくなりそうだと、期待に胸が膨らんできた。
そんなことを思っているとき、不意に部室の扉がノックされた。
「文芸部の人、いるかしら? 開けるわね」
……この声には聞き覚えがある。
間違いない。
俺の「絶対に会いたくない人ランキング」で断トツ一位のあの人だ。
「久しぶりね伊集院太陽くん! 突然だけど文芸部は廃部よ!!」
現れたのは山之口千景さんだった。
彼女の発した衝撃的な言葉に、俺と小夜子はびっくりして顔を見合わせた。
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