第30話
「芦沢よぉ、俺の後輩をデートに誘うっちゃあ、どういうつもりなんじゃいワレェ!?」
「先輩、どこの地方の人ですか!? 方言出てますよ!?」
いかんいかん。
怒りのあまりに任侠映画に出てくる人のようなしゃべり方になってしまった。
いや、任侠映画ってそんなに見たことないからただのイメージだけど。
「小夜子をデートに誘ってるのか? 芦沢のクズ野郎が!」
「クズとまで言わなくても……。それに、先輩は誤解していますよ」
「誤解?」
「デートに誘っている相手は私じゃなくて、灯里さんですよ」
「えっ?」
「灯里さんをデートに誘いたいのですが、どのように誘えば女性は嬉しいのでしょうか? って訊いてきたんですよ」
「ああ、なんだ……」
どうやら早とちりだったようだ。
芦沢くんのことを、灯里のことが好きだと言いつつ小夜子にまで手を出す女たらしなのかと疑ってしまった。
「先輩、どう返事をしたらいいでしょうか? 女性はどうやってデートに誘われたら嬉しいんでしょうか?」
「それは俺よりも小夜子の方がよくわかるだろ」
女子目線で、どうやって誘われたいかを答えればいい。
俺のようなモテない男子に訊く問題ではないはずだ。
「私、デートなんて誘われたことないですし……」
「えっ、そうなのか?」
「前に駅ビルで、先輩と一緒に歩いたのが人生初デートですよ」
「ふーん……」
そうか、あれが初めてだったのか。
まあ、デートと呼んでいい時間だったのかは分からないが、初めてだと言われたら嬉しいものである。
男は「あなたが初めて」という言葉にとにかく弱い。
本当に、本当に弱い。
「俺としても、芦沢くんの相談なら乗ってあげたいところだ」
「先輩は優しいですねー」
「彼にはシンパシーを感じる部分も多いからな」
「友達がいないところとかですか?」
「それもあるけど、まあ……名前とか、な」
俺は頭をぽりぽり掻きながら呟いた。
俺の名前は、伊集院太陽である。
昔からこの「太陽」という名前が嫌で仕方がなかった。
親は「みんなを照らすような明るい子になりますように」という思いで名づけたそうが、皮肉なことに俺は真逆の性格に育った。
明るい子になって欲しいという両親の願いは、俺にとってプレッシャーでしかない。
本当に、もっと他の名前だったらどんなに良かったかと、何度も思ったものだ。
が、しかし。
この名前よりは「太陽」の方がマシだなと思う相手が、同じクラスに一人だけいるのだ。
その人物こそがまさに、芦沢くんである。
芦沢くんの下の名前は「鳳凰」だ。
鳳凰と書いて、そのまま「ホウオウ」と読む。
完全にキラキラネームである。
「鳳凰ってすごい名前だよな。伝説の鳥だぞ」
「綺麗な名前ではありますよね」
「まあな。でも、名前負けしそうで俺だったら絶対に嫌だな……」
自己紹介で「鳳凰です」なんて名乗る場面を想像すると本当に辛い。
お調子者のクラスメイトからどんなあだ名をつけられるか分かったもんじゃない。
最悪の場合、平等院鳳凰堂とか呼ばれることになりそうだ。
長すぎて呼びにくいけどさ。
太陽という名前の俺でも「お前、名前の割にめちゃくちゃ暗いじゃん!」なんてからかわれたことは何度もある。
きっと芦沢くんも俺と同じような苦しみを味わってきたはずだ。
そんな同情の気持ちもあって、俺は彼に協力してあげたいという思いを抱いていた。
灯里をデートに誘う程度の頼みなら、いくらでも力になろうじゃないか!
が、俺のそんな思いは、小夜子の言葉によって打ち砕かれた。
「そう言えば、芦沢さんは自分の名前が大好きだって言ってましたよ」
「……えっ」
「鳳凰って名前が気に入っているんですって。カッコイイから好きなんだとか」
「カッコイイ、だと……? 名前をいじられた経験はないのか……?」
「中学時代は平等院鳳凰堂と呼ばれていたそうです」
「やっぱり呼ばれてたのかよ」
「でも今は自分の名前が好きで、灯里さんにもいずれは名前で呼んで欲しいと思っているそうですよ」
「裏切られた気分だぜ……」
俺はガクッと頭を垂れた。
なんだよ、芦沢のやつは同志でも何でもないじゃないか。
「私は太陽って名前も、カッコイイと思うんですけどねー」
「ん、何だって?」
「いえ、何でもないです」
小夜子はクスクスといたずらっぽく笑った。
それから俺たちは、無難そうなデートの誘い文句を考えて芦沢くんに送った。
同志だと思っていたクラスメイトに裏切られたという気分のせいで、妙に疲れが残る一日だった。
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