第29話

「あーあ……最近モチベーションが上がらないなあ」


 七月某日、場所は文芸部の部室。 

 俺はぼやきながら大きく伸びをする。

 すると小夜子が、いじっていたスマホから目を上げて反応した。


「どうしたんですか先輩? もしかして、読書のモチベーションが上がらないとか?」

「いや、読書は常に好きだ。今日のラノベは異世界転生もので、ヒロインはずっと孤独だったエルフの少女なんだけどさあ」

「へー、どうでもいいですねー」

「あ、そう……」


 彼女が小説の内容に興味を示さないのはいつものことである。


「じゃあ先輩、何に対するモチベーションが上がらないんですか?」

「それは……小夜子の絵を描くことだ」

「あっ、あれってまだ続けてたんですか」


 小夜子は驚き半分、呆れ半分というような顔をした。

 たしかに、ひたすら彼女だけをモデルに絵を描き続けるなんて滑稽なことなのだろう。

 自分でもどうかしていると思う。


「納得できる絵が完成するまでは描き続けたいんだけど、上手くいかなくてな」

「先輩は凝り性なんですねー」

「そうみたいだな」


 彼女の絵を描き始めてから気がついた。

 俺はかなり、こだわりの強い人間のようだ。


「あーあ、こんな風に上手く描けたらなあ……」


 俺は読んでいたラノベの表紙を眺めて呟く。

 表紙イラストはラノベにとって超重要な要素だ。

 だからこそ、表紙にはプロのイラストレーターがめちゃくちゃ気合を入れて描いた絵があしらわれる。


「先輩、プロの絵と比べちゃいけませんよ」

「まあ、そうだよな……」


 俺はひとつため息をつくと、読書に戻ることにした。

 後輩の様子をうかがってみると、彼女はまたスマホをいじっている。

 妙に真剣な様子に思えたので、俺は何気なく尋ねた。


「さっきからスマホで何してるんだ?」

「今、ラインしてるんですよ。芦沢さんと」

「……ん?」


 俺は読んでいたラノベをパタンと閉じると、彼女の方を向く。

 意外な人物の名前が出てきた気がするけれど、俺の聞き間違いだろうか。


「誰と、何だって?」

「芦沢さんとラインです」

「……えっ、いつ連絡先交換したの? えっ、そんなに仲良いの?」

「いや、仲良くないですけど」

「でもラインしてるじゃん」

「あの、先輩……顔が怖いんですけど」


 嫉妬である。


 小夜子と仲の良い異性は俺だけだと思っていた。

 でも、彼女も他の男子と連絡を取ったりするんだよな……。

 当たり前のことなのに少しショックだ。


「あの、言っておきますけど、芦沢さんとは協定関係だから連絡を取っているだけですからね」

「芦沢の恋を応援するとかってヤツか」

「そうです……と言うか先輩、芦沢さんのことを呼び捨てにしてましたっけ?」

「芦沢くんって呼んでたけど、もういいや。今からあいつのことは芦沢って呼ぶ」


 繰り返しになるが、嫉妬である。

 俺は八つ当たりで彼に対する君付けを辞めることにした。


「ふーん、もしかして先輩、芦沢さんに対して嫉妬……」

「嫉妬じゃない。芦沢が灯里のことを好きなのは知ってるし。全然嫉妬じゃないし」


 嘘である。

 だがそれを認めたくはない。

 何となく男としてカッコ悪い気がするからだ。


「まあ、別にいいけどな。小夜子が誰と連絡をとっていようが」

「でも、私が一番頻繁にラインをしている相手は先輩ですよ?」

「……ほう」


 確かに、小夜子と俺は毎晩のようにラインをしている。

 内容はどうでもいい話題ばかりだが、何だかんだでそのやりとりは楽しい。


 ちなみに、いつも最初にメッセージをくれるのは彼女からだ。

 別に小夜子は俺と連絡を取りたいわけではなく、いつも誰かとSNSで繋がっていたいタイプなだけなのだろうと思っていた。


 だけど、俺が一番ラインをしている相手なのか……。

 そう言われると、なかなか気分が良い。

 男は総じて「あなたが一番」という言葉に弱いものである。


「ちなみに、先輩が一番連絡を取っている相手は……」

「小夜子に決まってるだろ」

「灯里さんよりもですか」

「そうだな」


 灯里と俺はそれほどスマホで連絡を取らない。

 家が近所なので顔を合わせる機会は多いのだが、むしろそのせいでわざわざ連絡しようとは思わないのだ。

 そして、俺は友達がいないので小夜子と灯里以外の人物との交流はない。


「じゃあ私たち、お互いの一番ですね」

「ん……そうなるのかな」


 俺は前髪をいじりながら曖昧に返事をした。

 まったく、この後輩は照れることをハッキリと言ってくる。


「あっ、芦沢さんから新しいメッセージが届きました」

「へえ、何だって」

「えーっと、デートにお誘いしたいのですが、ですって」

「は?」

「先輩、顔が怖いです!」

「一体どういうつもりだ、芦沢の野郎っ……」

「言葉遣いも怖いです!」


 和やかな空気が一転、俺は彼女のスマホを無理やり覗き込んだ。

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