第27話
「あー……何もしなくねえ」
「私も何もしたくないです」
暖かい陽気に包まれた、昼下がりの午後。
文芸部の部室で、俺と小夜子は机につっぷしてダラーっと伸びていた。
何だか最近は、山之口さんや芦沢くんなど、文芸部にとってイレギュラーな存在が立て続けに訪ねてきてドタバタしていた。
たまにはこうやってダラダラと部室で時間を浪費するのも悪くない。
「そういえば先輩、小説は書いてるんですか?」
「小説? 何だっけそれ」
「千景先輩が来たら見せるってやつですよー」
「いや、まあ覚えてたけんだどね。……やっぱ書かなきゃダメか?」
「ダメとは言いませんけど、先輩、実は最初から書いてみたかったんじゃないんですか?」
「えっ?」
「あんなにラノベばっかり読んでるんですから、自分で書いてみたいのかなーって」
「いや、全然。自分で書きたいとは思ったことはないな。そもそもラノベって、そんなに簡単に書けるほど甘くないだろうし」
俺は首を横に振って否定した。
だけど俺の発した言葉は、半分は本心で、もう半分は嘘だった。
そりゃあ自分で物語を自由に紡ぐことができたら楽しいだろうな、とは思う。
だけどその分だけ大変なことも多いだろう。
……書いたことがないから想像での話だけど。
「先輩がラノベを書いてくれたら、私がイラストを描いてあげるんですけどねー」
「えっ? 小夜子がイラストを?」
「はい。こう見えても結構得意なんですよ」
「へえー」
まるでラノベみたいな話である。
昨今では主人公がラノベ作家という作品も多い。
そして、ヒロインが主人公とタッグを組むイラストレーターだという設定もありがちなものだ。
「先輩は絵を描かないんですか?」
「あー、俺はそんなに上手くないからなあ」
「そうなんですか。オタクの人って全員絵が上手なのかと思ってました」
「すごい偏見だな。そんなに絵の上手い人がゴロゴロ存在するわけないだろう」
絵の上達にはかなりの時間と情熱を要する。
だからこそ凄腕のイラストレーターは皆の羨望の的となっているのだ。
「ちなみに小夜子が得意なのはどういうジャンルの絵なんだ?」
「ジャンル、ですか?」
「ああ。例えば写実的な絵画が得意なのか、マンガっぽい絵が得意なのか。それだけでも結構違うだろう」
一言で「絵が得意な人」と言っても、その中には数々のパターンが存在する。
マンガっぽい絵を描く人の中でも、リアル寄りなのかデフォルメ寄りなのかで全くタイプが異なるものだ。
「うーん……私、絵なら全部得意ですよ。死角はありません」
「マジかよ、神じゃん!!」
この後輩、そんな特技を持っていたのか。
オタク趣味を持っているせいなのか、俺は絵の上手い人間を無条件に尊敬してしまうクセがある。
何だかいつもより小夜子が輝いて見えるぞ。
まるで後光が差しているかのようだ……!
「小夜子、今まで描いた絵とか持ってないのか?」
「さすがに今は持ってないですね……あっ、でも今から描きましょうか? 先輩の好きなラノベキャラでも」
「いいのか!?」
俺は嬉しくて、思わず椅子から立ち上がった。
小夜子は「もちろんです」と言ってにっこりと笑い、俺の愛読するラノベのキャラの絵を描き始めた。
「座ってるポーズにしますねー。服装はヒラヒラした女の子っぽいやつでいきます」
「おお、楽しみだな!」
「すぐに完成しますよ。私、仕事が早いんで」
小夜子は白い紙の上でサラサラとペンを動かしていた。
熟練の絵描きはこれほど迷いなく描けるものなのか。
俺は彼女の流れるような所作に感動していた。
「できましたよ、先輩」
「本当に描くのが早いんだな」
「ふふんっ、自信作です!」
そう言って小夜子は、完成したばかりの絵を俺に手渡す。
俺はわくわくして紙に目を落としたのだが、次の瞬間。
思わずぴたっと動きを止めてしまった。
「…………ん?」
「どうしましたか先輩? 素晴らしすぎて言葉が出ないんですか?」
「えっと……これは三角コーナーの生ゴミを描いた絵?」
「失礼な! どこからどう見ても美少女じゃないですか!」
「…………」
いや、どこがだよ。
そうツッコむ気力すら湧いてこないほど、小夜子の絵は酷いものだった。
作画が崩壊しているというレベルではなく、何が描いてあるのかすらわからない。
「アメトーークの絵心ない芸人よりも下手じゃん」
「なっ……! そんなわけないじゃないですか!」
本当に下手な人って、下手だという自覚がないんだなあ……。
俺はしみじみとそんなことを思った。
一方の小夜子は、ふくれっ面で俺を見上げて言う。
「だったら先輩も絵を描いてみてくださよ。私だけ馬鹿にされたみたいで納得いきません」
「ええ……俺は絵が得意じゃないって自覚してるんだけど」
「いいから描いてください!」
こうして、なぜか俺は後輩から絵を描かされることになった。
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