第26話
「そこの人! どういうことですか? 先輩と灯里さんと付き合っているって!?」
「芦沢くん、どういうことなんだ? 俺と灯里が付き合っているって!?」
俺と小夜子は芦沢くんに向かって同時に叫んだ。
小夜子が芦沢くんのことを「そこの人」呼ばわりしているのは酷い話だが、今はツッコんでいる場合ではない。
俺たちが芦沢くんに注目していると、彼は呟くような声で語り始めた。
「同じクラスの子たちが話していたよ。伊集院くんと橋立さんがカップルのようにイチャイチャしながら歩いていたって」
「いや、俺は身に覚えがないぞ。そもそも、そのクラスの子たちって具体的には誰のことだ?」
「すまない、拙者はクラスメイトの名前を覚えていない」
「あっ、そう言えば俺もだ」
クラスメイトと関わる機会がないから、名前なんていちいち覚えていない。
なら仕方ないなと俺は納得したのだが、小夜子だけは「うわあ、この人たちマジかよ……」と言いたげな顔でこちらを見ていた。
「名前は知らないが教室の窓際に集まって、よく大声で話している女子たちだ」
「ああ、何となく分かった」
「彼女たちの話では、キミと橋立さんが雨の日に相合傘をしながら、密着して歩いていたということなんだが」
「相合傘で密着? ……ああ、うん」
そう言えば数日前、灯里が傘を忘れたから入れてやったことがあった。
「確かに灯里と一緒に帰ったな。でもその行動に特別な意味はないぞ。俺たちは幼馴染みなんだから別にそのくらい――」
「よくないよ!!」
「よくないです!!」
芦沢くんと小夜子の声がハモった。
「橋立さんがキミの腕に抱きついて、わざと胸を当てているようだったと聞いたぞ!」
「それは灯里がふざけてくっついてきてただけだ」
「交際もしていないのにそんなに密着するなんて……羨ましすぎるぞ!! 妬ましすぎるぞ!!!」
「本当です! 羨ましくて妬ましいです!!」
男同士の会話の最後に、なぜか小夜子が入ってきた。
と言うか、結局妬ましいだけかよ。
そして小夜子は何に対して羨ましく思っているんだ。
さっぱり意味がわからない。
「伊集院くんが気づいていないだけで、橋立さんはキミに好意を持っているんじゃないのかい?」
「ハッ! 確かに! 灯里さんは先輩に興味がないって言ってたけど、あれは私を油断させるための嘘だったのかも……!」
「橋立さんはクレバーな女性だから、ブラフの可能性は高いな」
「そうなんですか? ええと……あ、足利さん?」
「芦沢だ」
「すいません、芦沢さん」
「構わないよ。キミの名前は?」
「月野です」
俺が混乱して黙っている間に、なぜか芦沢くんと小夜子の会話が盛り上がっていた。
なぜか、灯里が俺のことを好きだという流れになっているぞ……。
絶対にそんなことないと思うのだが。
「どうしよう……幼馴染みのうえに美人な灯里さんが相手じゃ、私は勝てないかも……うう……」
小夜子が真剣な顔で、何事かをブツブツとつぶやいている。
彼女はしばらくすると、良いアイデアを思いついたときのようにパッと目を見開いた。
「そうだ! 灯里さんと芦沢さんがくっつけば、ライバルがいなくなるんじゃ……!」
ぐっと拳を握った小夜子は顔を上げ、芦沢くんの方に向き直った。
「芦沢さん! 私、あなたの恋を応援します!」
「そうか、ありがとう! じゃあ拙者も月野さんの恋を応援しよう」
「協定関係ですね! ……って、どうして私が恋をしていると分かったんですか!?」
「気づかない方が不自然だと思うよ。さっきのひとり言も思いっきり聞こえていたし」
「ええっ!?」
「よく今まで隠し通せていたね……。伊集院くんって鈍感なんだな……」
「あはは、そうですね……」
芦沢くんと小夜子が俺の方を見て苦笑いをした。
「どういうことだよ!? 人を勝手に鈍感野郎扱いするな!」
何が何だかわからず、俺は喚いた。
いつの間にか「一件落着しました」みたいな空気になっているし、協定関係ってのも意味がわからない。
どうやらこの場で何も理解できていないのは俺だけのようだ。
……もしかして、俺は本当に鈍感野郎なのか?
俺が戸惑っている間に、芦沢くんは何かに納得した様子で部室を後にした。
帰り際には小夜子と「協定関係をよろしく、お互い頑張ろう」というようなことを言い合っているようだった。
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