第25話
「好きな人がいる? 芦沢くんに?」
「ああ、そうだ」
「どうして俺に相談するんだ? そんなに仲が良くない俺よりも、他の友達とか……」
「拙者には友達がいない」
「あっ、そっか」
彼は俺と同類なんだった。
「伊集院くんに相談したのは他でもない、拙者の好きな人は、キミの身近にいる人だからだ」
「俺の身近な人?」
俺と関わりのある人物なんて数えるほどしかいない。
中でも最もよく一緒にいるのは、まあ……今まさに隣りにいる後輩だろう。
俺が小夜子の方を向くと、彼女もちょうど俺の方を向いたところだったようで、ばっちり目が合った。
「えっ!? 私ですか!? 無理無理無理! お断りします!!」
小夜子はブンブンと顔を横に振って拒絶した。
そ、そこまで嫌悪しなくてもいいと思うんだが……。
芦沢くんだって、好きな人にここまで言われたらショックだろう。
メンタルがボロボロになって登校拒否になった末に引きこもってしまうかもしれない。
だが、彼の反応は以外なものだった。
「いや、拙者の好きな人はキミじゃない」
「へっ?」
「えっ?」
「拙者が好きなのは……橋立灯里さんだ」
「「ええーっ!?」」
出てきた名前が意外すぎてに、俺と小夜子は声を合わせて驚いた。
灯里だって!?
あんなにノリの軽いギャルが好きなのか!?
勝手な印象だが、芦沢くんが好きなタイプではないと思っていた。
「わ、私じゃなかったんですね……なんかすいません」
小夜子はばつが悪そうな顔をして謝った。
彼女は芦沢くんから告白されると勝手に思い込み、手酷く振るようなことを言ったのだ。
自分に好意が向けられているのが勘違いだったと分かった今、恥ずかしくて仕方ないだろう。
「ううう、調子に乗ってごめんなさい……」
小夜子は頭を抱えて、部室の隅の方で小さくなってしまった。
彼女のことはしばらく放っておいてあげよう。
俺は改めて芦沢くんの方へ向き直る。
「灯里のことが好きなんだ?」
「うん。伊集院くんは彼女と仲が良いと聞いたんだけど……」
「ああ、幼馴染みだよ」
「そうか……羨ましいな」
芦沢くんの顔が少し曇った。
その反応はきっと、灯里と過ごした時間が長い俺に対する羨望と嫉妬から来るものなのだろう。
俺は今までそんな表情を人から向けられたことがなかったので少し戸惑った後、あえて明るい調子で言った。
「それにしても灯里かー。芦沢くんって違うタイプの子が好きだと勝手に思ってたよ」
「そう見えるかい?」
「うん。大人しい文学少女みたいな子が好きそう」
「いや、自分はギャルが好きだ」
「意外すぎる!」
「パリピとか最高」
「人は見かけによらないものだな」
「それで、本題なんだけど……」
場が和んだかと思ったら一転、芦沢くんが真剣な表情になった。
「伊集院くん、キミが橋立灯里さんと付き合っているという噂は本当なのか?」
…………えっ?
俺と灯里が付き合っているだって?
そんなわけないだろう、誰が勝手に噂を流しているんだ。
俺がそう言う前に、素早く反応した人物がいた。
「どういうことですか!? 先輩と灯里さんが付き合っている!? どういうことですかっ!?」
部屋の隅にいた小夜子が一瞬で俺の元へ詰め寄って叫んだ。
「ま、待て小夜子! 俺と灯里は何も……」
「私に隠れて付き合っていたんですか!? ひ、酷いですっ!!」
小夜子は涙目になりながら、俺のワイシャツの襟元を掴んで揺さぶった。
どうして俺と灯里が付き合っているなんて噂が流れたのか。
どうして小夜子はこんなに狼狽しているのか。
もう何もかも、さっぱり訳がわからない。
後輩から前後に激しく揺さぶられながら、俺はそう思っていた。
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