第24話

 いずれ小説は完成させなくてはならない。

 そうしなければ、山之口さんについた嘘がバレて文芸部の存続が危うくなってしまう。


「よし、俺は小説を書くぞ!」


 そう決意してから一週間ほどが経過した。

 ――が、俺は一文字も小説を書いていなかった。


 書かなかったというより、書けなかった。

 そもそもストーリーのアイデアが全く浮かんでこない。

 スタートさえ切れていない状態である。


 だが一方で、別に書かなくても大丈夫なんじゃないかという気もしていた。

 なぜなら、あれから山之口さんは部室に顔を見せていないからだ。

 彼女が現れないのならば、俺たちは今まで通り過ごしていればいいだけだ。


 そんな楽観的な考えに逃避しながら、俺は文芸部の部室でのんびりとラノベを読んでいた。

 もうしばらくすれば小夜子もやって来るだろう。

 早く彼女の淹れたコーヒーが飲みたい。

 そんなことを考えていると、部室の扉がバンッ! と開いた。


「せ、先輩っ! 大変です!」


 駆け込んできたのは、慌てた様子の小夜子だった。


「どうした? また風紀委員でも来たのか?」

「風紀委員じゃないみたいなんですけど……部室の前に変質者っぽい人がいるんです」

「え、マジで……」


 それなら風紀委員の方がマシなんだけど。


「先輩、怖いので退治してください」

「無茶言うなよ。と言うか、学校に変質者なんているか……?」


 首を捻りながら俺は立ち上がり、部室の扉を開けて外を覗く。

 すると、そこには俺にとって意外な人物が立っていた。


「……え? 芦沢あしざわくん?」

「や、やあ。伊集院くん……」

「ああ、うん……」

「……」

「……」


 俺たち二人の間に気まずい空気が流れる。

 その沈黙を破ったのは小夜子だった。


「あれっ、もしかして先輩の知り合いだったんですか?」

「うん。同じクラスの男子で、芦沢くん」

「えっ? えっ? 先輩の友達!? 先輩に友達なんていたんですか!?」

「いや、友達ってわけじゃないけど……」


 友達同士だったら先ほどのような気まずい沈黙は流れないだろう。


 芦沢くんははっきり言って、クラスの中で浮いているタイプの男子生徒だ。

 背が低くて、体型は小太り。

 前髪が長いうえにいつも下を向いているので表情を窺うことが難しい。


 そして、もちろん彼には友達がいない。

 要は俺と同類である。


「拙者と伊集院くんは、よく体育の時間でペアになっているんです」

「はあ、そうですか……」


 芦沢くんの一人称は「拙者」である。

 そして、初対面の人に対しては相手が年下であっても敬語で話す。


 そんな彼に対して、小夜子は訝しげな目を向けている。

 まあ、いきなり現代の高校生が「拙者」なんて言葉を使っていたら不審にも思うだろう。

 ……いや、待てよ。

 小夜子はついさっき、芦沢くんを見た目だけで変質者だと決めつけていたんだった。

 やっぱり失礼な後輩である。


「えっと、先輩……友達じゃないのなら、この人との関係は?」

「体育のときに話す関係だよ。ほら、体育の授業ってよくペアを作るじゃん」

「ええ」

「俺も芦沢くんも友達がいないから、自然といつもペアになるんだよ」


 ちなみに、ペアになったときは必要最低限のことしか喋らない。

 俺たちは互いにペアを組む相手がいないから仕方がなく一緒にいるだけだ。

 とても友達と呼べる間柄ではない。


「はあ、お二人とも色々大変なんですね……」


 小夜子がしみじみと言った。

 まるで怪我を負った小動物を見るときのような憐れみに満ちた表情をしている。

 傷つくのでそんな目で見るのはやめてほしい。


「ええと、この人が文芸部に来た目的は何なんですか? 先輩と仲良くないんでしょう?」

「俺にも分からん。芦沢くん、何しに来たんだ?」 


 問うと、芦沢くんはしばらく口をもごもごとさせたが、何かを決意したように言った。


「えと……拙者は、伊集院くんに恋愛相談に乗って欲しくてここに来たんだ」

「俺に恋愛相談!?」

「先輩に恋愛相談!?」


 俺と小夜子は驚いて、全く同じ反応を返してしまった。

 

 なぜ俺に恋愛相談!?

 よりにもよって恋愛経験の全くない俺に!?


「拙者、好きな人がいるんだ」


 まだ驚いてぽかんとしたままの俺たちに向かって、芦沢くんはまっすぐ前を見てそう言った。

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