第21話
「千景さんは真面目な人なんです」
小夜子がそっと俺に耳打ちをした。
山之口さんには聞こえないように、俺も小声で返事をする。
「分かるよ。見るからに真面目っぽいし」
「それで、真面目ゆえに思い込みの激しいところがあって……男性は全員変態だと思い込んでるんです」
「へー、面倒だな」
「まあ……先輩に関しては変態と言われても仕方ないですけどね」
直前まで小夜子の胸をポロリさせようとしていただけに、俺は何も言い返せない。
「何をこそこそ話しているの! 小夜子ちゃんから離れなさい! 彼女をどうするつもりなの!?」
「いや、どうもしないですけど……」
「嘘! 近づいて唇を奪おうとしていたわ! あわよくば彼女の制服の中に手を入れ、裸体をまさぐり――」
「ち、千景さんっ! だからやめてくださいって!」
思い込みで語り始める山之口さんの発言に、小夜子が割り込んだ。
「先輩はそんな変な人じゃないです! 分かってください!」
「で、でも月野さん……。この男、あなたに露出の激しい格好をさせていたでしょう?」
山之口さんがバニーガールの衣装を指差す。
ところが小夜子は、毅然とした態度でこう言った。
「違います! あれは……あれは、小説を書くための取材だったんです!」
「取材?」
「はい。伊集院先輩はバニーガールの出てくる小説を書く予定で、その取材のために私に衣装を着せたんです」
「そ、そうなの?」
「ええ。小説家は実際に見たもの、聞いたものを文章にしてこそ作品にリアリティが出るものなのです」
「月野さんはこの男の小説執筆に協力するため、自分から衣装を着たということ?」
「その通りです。文芸部員の私が言うのだから間違いありません」
……まったく、小夜子はとんでもない嘘ばかり並べる。
俺は小説を書いたことがなければ、書く予定もない。
しかも、全く小説を読まない彼女が一人前に文芸部員を名乗り、小説を語っている。
全国の真面目に活動している文芸部員たちが聞いたら激怒しそうな話である。
「そこのあなた、小夜子ちゃんが言っていることは本当なの?」
山之口さんが俺に問う。
先ほどよりも、少しだけ俺に対する口調が柔らかくなっていた。
「えっと……はい、そうです。俺、バニーガールが主役の話を書いていて……」
俺は小夜子の作った設定に全力で乗っかることにした。
「作品のために小夜子に協力してもらっていたんです。驚かせてしまってすいませんでした」
「うーん……まあ、作品作りのためなら、仕方ないかしら……」
「もうバニーの衣装は使いませんから。小夜子、これはもう演劇部に返そう」
そう言って、俺がバニーの衣装を手に取る。
するとその瞬間、山之口さんが「ひっ」と声を上げて全身を硬直させた。
「あ、ああああなた! その衣装を私に着させるつもり!?」
「……え?」
「小夜子ちゃんだけでなく私にもコスプレを頼もうって言うのね!? この変態!!」
「いや、そんな気は全く……」
「作品のためとは言え、そんなことはできないわ!」
山之口さんは両手で自分の体をぎゅっと抱きしめたまま、数歩後ずさりする。
俺がぽかんとしていると、小夜子がそっと小声で教えてくれた。
「千景さんは男性からセクハラされるという被害妄想も激しいんです。中学時代のあだ名は変態被害妄想先輩でした」
「変態被害妄想先輩……?」
「はい。変態被害妄想先輩です」
ずいぶん長い上に呼びにくいあだ名だ。
変態被害妄想先輩は顔を真っ赤にしてさらに俺を責め立てる。
「た、確かに私がその衣装を着たら大変なことになるでしょうね! 特に胸の辺りが!」
その言葉を聞いて、俺は思わず彼女の胸に注目した。
なるほど、かなり大きいサイズだ。
服の上からなので正確には分からないが、Eカップ以上はあるのではないだろうか……。
俺の手元にあるバニーガール衣装では胸が収まりきらない大きさだと思われる。
それでも無理に着用したとするなら、色々と大変なことになるはずだ。
……胸の部分がブカブカだった小夜子とはすごい差だ。
そんなことを考えていると、俺は背後から手の甲の皮膚をぎゅっとつねられた。
「先輩、やらしー……」
振り向くと、小夜子がむすーっとした顔で立っていた。
いかんいかん、思考が表情に出てしまっていたようだ。
俺は一度呼吸を整えると、山之口さんに向き合って言った。
「山之口さん、早とちりですよ。俺はこの衣装をあなたに着せるつもりはありません」
「……う、嘘でしょ! 近づかないで!」
「本当ですって」
俺が一歩近づくと、山之口さんはびくっと体を震わせてさらに後ずさる。
その時、彼女が壁際に置いてある棚にぶつかり、そこに積んであった数冊の本が床に落ちた。
「きゃっ、ごめんなさい……あら?」
「あっ、それは……」
俺たち三人は床に落ちた本に目が釘付けになった。
その本のタイトルは『真面目な風紀委員の女の子にエッチなコスプレをさせて俺の女に調教したい件』だった。
……俺の私物のラノベである。
いやあ、よくピンポイントでこんな本が床に落ちたものだ。
宝くじで一億円当たるくらいの確率じゃないだろうか。
山之口さんはしばらく固まっていたが、数秒後に歯をカタカタと鳴らして怯え始め、
「や、やややややっぱり私にエッチなことをするつもりだったのね!? しかも調教までしようだなんて!! いやぁーっ!!」
と叫ぶと、逃げるように部室から出て行った。
残された俺と小夜子はぽかんとした顔で目を合わせる。
「先輩、風紀委員に目をつけられましたね」
「……そうだな」
色々誤解を解きたい部分もあるのだが、今日はもう疲れてしまった。
山之口さんとのやり取りで精神的に消耗した俺たちは、ぐったりした気持ちで帰路についた。
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