第20話

「あの……どちら様?」


 俺は突然現れたポニーテールの少女に問いかける。

 彼女は仁王立ちをしたまま俺と小夜子のことを見下ろしていた。


「風紀委員三年の山之口やまのぐちよ。風紀の乱れを取り締まりに来たわ」

「はあ」

「何よその気の抜けた反応は! あなた、この部室で何をしていたの?」

「えーっと、部活ですけど」

「文芸部の活動にバニーガールは関係ないでしょう! まっとうな活動をしていたとは思えないわ!」


 ド正論である。

 コスプレをすることは文芸と何の関係もない。


「まったく……文芸部の悪い噂は本当だったのね」

「悪い噂?」

「文芸部に本好きは一人もおらず、部室は不良のたまり場になっているという噂よ」

「俺が不良? ありえないですよ」


 不良なんて俺とは正反対の存在だ。

 俺は仲間とつるんだりもしないし、社会に反抗することもない真面目な学生だ。

 ただ友達がいなくて無気力なだけな気もするけど。


「こんな小さな女の子にコスプレを強要する男、不良としか思えないわ」


 山之口さんは、びしっと小夜子の方を指差して言った。

 急に注目されて後輩の顔が引き攣る。


「もう大丈夫よ。この男は我々風紀委員が連行し罰を与えるから……って、あれっ? もしかして、月野さん?」

「ど、どうも……」


 小夜子が気まずそうに愛想笑いをする。

 この二人、もしかして知り合いだったのだろうか。


「小夜子、この人のことを知ってるのか?」

「ああ、はい。中学時代の部活の先輩で、山之口千景やまのぐちちかげさんです」

「へえー、小夜子って部活やってたんだ?」

「ええ、女子バレー部でしたよ」

「知らなかったなあ。背がちっちゃいのにバレー部だったのか」

「ちっちゃくないですよ! まあ、私はセッターでしたけどね」

「そうなんだ~。あっ、もう五時が近いし、部活をやめて帰ろうか?」

「ええ、そうしましょう」

「じゃあお疲れー」


「誤魔化されないわよ!!」


 山之口さんの厳しい声が響いた。

 自然な流れで話をうやむやにして帰宅しようと思ったのだが、その作戦は失敗に終わった。


「月野さん、まずは着替えなさい。その後で話を聞きます」


 山之口さんがそう言うと、小夜子は緊張した面持ちで頷いた。

 厳しい先輩と萎縮する後輩という構図は、いかにも体育会系っぽい。 


 俺は一旦部室から出て小夜子が着替え終わるのを待ち、再び部室へ戻った。

 すると、険しい表情をした風紀委員がすぐに口を開いて俺に言う。


「さてと、伊集院太陽くん、でいいのよね?」

「ああ、はい」


 名前で呼ばれたくないのだが、そんなことを言っている場合ではない。

 どうやら彼女は、事前に文芸部員の名前は調べてからここに来ているようだ。


「あなた、私の可愛い後輩をどうするつもりだったの?」

「どうって……別に何も」

「嘘よ! バニーガール衣装を着せて、月野さんにご奉仕させるつもりだったんでしょう!?」

「ご奉仕?」

「あなたは月野さんの露出した肌をまさぐり回し、そして彼女に○○を舐めさせ――」

「ち、千景さんっ! もうやめてください!」

「いいのよ月野さん、性犯罪の被害を隠さなくても。私と一緒に警察へ行って相談しましょう」

「私そんなことされてませんっ!」


 小夜子は真っ赤な顔で訴えた。


 あれ……この風紀委員の先輩、ちょっと思い込みが激しいタイプか?

 と言うか、割とポンコツなのでは?


 そう思って俺は小夜子の方を見る。

 彼女は俺と目が合うと、ため息をついて肩をすくめて見せたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る