第19話

「先輩、恥ずかしいんでもう着替えてもいいですよね」

「いや! ちょっと待て!」


 小夜子の言葉を、俺は全力で遮った。


 こんなチャンスは二度とないかもしれない。

 もしかしたら、ラノベでよくあるラッキースケべに遭遇できるかもしれないのだ。

 そんな機会をみすみす逃してなるものか。


「あのさ、バニーガールってウサギがモチーフじゃん」

「……えっ? まあ、そうですけど」

「ウサギって跳ぶよな」

「ええ」

「ちょっとその場で何度かジャンプしてみてくれない?」


 我ながら、素晴らしく自然な会話の流れである。

 これで小夜子がジャンプすれば、その勢いでで衣装がずり落ちて、おっぱいがポロリと……。

 ――って、これはさすがに露骨すぎたかもしれない。


 どこが自然な会話の流れなんだよ。

 一秒前の俺に激しくツッコミを入れたいところである。


「……先輩、エッチなこと考えてますよね?」


 ほら、やっぱりバレた。

 胸元を凝視しているのが見抜かれている上に、不自然にジャンプさせようとすれば当然のことだ。

 軽蔑の視線を向けてくる小夜子に、俺は何とか弁明する。


「いや、違うんだよ……。これは、えっと、違うんだよ」


 弁明できなかった。

 まるで妻に浮気がバレた夫のような心境である。

 女性が至近距離で問い詰めてくると、何も言葉が出てこないものなのだと初めて知った。


「すいませんでしたあああああっ!」


 俺は素直に頭を下げることにした。

 後輩のポロリを期待してジャンプさせようとしたことは事実だ。

 誠心誠意思いを込めて、俺は九十度のお辞儀をする。

 すると、小夜子は呆れたようにこう言った。


「はぁ……もういいですよ。先輩がエッチなのは知ってますし」

「許してくれるのか」

「ええ、こんなサイズの合ってない衣装を着た私も悪いですからね。胸の部分がスカスカです」


 恥ずかしそうに呟きながら、小夜子は自分の胸を見下ろす。


「まあ、気分は悪くないです。先輩が私を女の子として見てくれてるってことですし……」

「ん?」

「何でもないですよ、今度こそもう着替えますからね」

「ああ、分かったよ。俺は外に出てるな」


 そう言って俺が彼女に背を向けたとき、突然部室の扉がノックされた。


「すいませーん。文芸部の方、いらっしゃいますかー?」


 女性の声だ。

 俺と小夜子は目を合わせてきょとんとした。

 この部室に誰かが訪ねてくることなんて、まずありえない。

 先月、灯里が乱入してきたときくらいのものだ。


「いないんですかー? 開けますよー?」


 その声の直後、ドアノブが回転しガチャリと音を立てる。

 咄嗟に、俺と小夜子はそれを阻止しようと扉を押さえにかかった。

 文芸部の部室でバニーガールの格好をしている場面なんて見られたら、どういう反応をされるかは目に見えている。

 

 仮に声の主が教師だったのなら、この状況を厳しく問い詰められるだろう。

 生徒だったとしたら、文芸部について変な噂を流される危険性が極めて高い。

 どちらにせよ、この状況を部外者に見られるわけにはいかないのだ。


「あれっ、開かない。んんんんっ!」

「うおおおおお!」

「んんんんんっ!」


 ドアの外側と内側で、激しい押し合いになった。

 先ほど俺と小夜子がやり合ったことのデジャブのようだが、今回は二対一。

 こちらが負けるはずはない。


 ……が、予想外のことが起きた。


「んんんんっ! 私、こんなコスプレ姿、人には見せられませんっ! クラスでのあだ名がバニーちゃんになっちゃいますっ!」

「そうだな! 俺も後輩にバニーコスプレを強要する変態だと思われたくない!」


 そんなやり取りをしている中で、俺は小夜子の方にふと目をやって気づいた。

 彼女の衣装の胸の部分が、かなりずり落ちている。

 しかも、彼女は両手で扉を押さえることに必死で、その事実に気づいていない。


 どんどん小夜子の胸の谷間が露わになっていく。

 いいぞ! もう少しで全部見える――!

 

 と、思ったその瞬間、扉の向こうから一気に押し切られた。

 俺は小夜子の胸にばかり集中していて、扉にかける力を緩めてしまったのだ。


「うわっ」

「きゃっ」


 俺と小夜子は勢いよく後ろに転がった。

 そして、部室の入口に立っている人物を目の当たりにする。


「な、なななっ、なんですかその破廉恥な格好は! 我々風紀委員が許しませんよ!」


 そこには、怒りに目を吊り上げたポニーテールの少女が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る