第6話

「じゃあ、この本にチャレンジしてみますね」


 小夜子はそう言って、本棚から一冊の本を手に取る。

 つい先ほど話題に上がった、彼女があらすじだけ読んだというライトノベルだ。


「見ていてくださいね先輩、読みますよ!」

「いちいち宣言しなくていいから」

「はーい」


 小夜子は最初のページをめくると、真剣な顔をして文字を目で追う。

 この作品は文章のテンポがよく、スラスラと読めることに定評がある。

 きっと彼女も、あらすじを読んだだけでは味わえない本の魅力に気づくはず――。


「はぁー……先にイラストだけ見ちゃおっと」


 小夜子は数行で文字を読むことを諦め、挿し絵の描いてあるページを探し始めた。


「って、おい! 先にイラストを見てどうするんだよ」

「どう読んでも私の自由じゃないですかー」

「もう文章を読む気がないだろ! そこまで文字が嫌いか!」

「まあまあ。あっ、この子が後輩キャラですね」


 俺の言葉を無視して、小夜子はイラストをじーっと見つめる。

 そしてニヤニヤした顔つきになると、こちらに視線を向けた。


「先輩、このキャラってちょっと私に似てません?」

「ん? そうか?」

「似てますって、髪型とか、顔つきとか……あと、一つ年下の後輩って設定とか」

「ああ、言われてみれば共通点が多いかもな」

「ふーん、先輩の大好きなキャラって、私にそっくりですねー」


 小夜子は文庫本で口元を隠しながら、イジワルそうに目を細めた。


 ……この後輩、何か勘違いをしているんじゃないだろうか。

 確かに俺は作品中の後輩キャラが好きだが、だからと言って小夜子のことが好きというわけではない。

 いや、決して小夜子のことが嫌いというわけではないし、むしろ好きな方なのだが、別に恋愛的な意味で好きってわけじゃ……。

 などと頭の中でごちゃごちゃ考えているうちに、彼女は言葉を続けた。


「先輩、私とこういうことがしたいんですね」

「えっ?」

「このシーン、主人公と後輩が手をつないで歩いてますよね。つまり、先輩は私と手をつないでみたい、と」

「いやいやいや、そんなこと言ってないだろ」


 俺が否定しても、小夜子は引き下がらない。


「でも先輩、よく言ってるじゃないですか。ラノベには夢や願望が詰まってるって」

「あ、ああ……」

「そしてこの作品は、先輩の愛読書です」

「……」

「つまり先輩は、私のような後輩と手をつなぎたいという願望を持っているのです!」

「な、なんだってー!?」


 俺は小夜子と手をつなぎたかったのか!?

 確かに、こんなに可愛い子の手に触れられるのなら嬉しい。

 だがしかし、小夜子からすれば俺になんて触りたくないだろうし……。


「私、いいですよ……」

「えっ?」

「このキャラみたいなこと、してあげます。手もつなげますし、他にも……」


 喋りながらページをめくっていた小夜子の手がぴたりと止まった。

 そして、「ひゃっ!」と小さく悲鳴を上げて本を放り投げる。


「な、ななななな何ですかこのイラストは!」

「おっと! どうしたんだよ急に」


 彼女の手から離れた本を、俺は空中でキャッチする。

 そして、彼女の見たイラストを確認してから言う。


「ああ……これはな、主人公がうっかり後輩の胸を触ってしまったときのイラストだ」

「うえええ!? エッチすぎますよ、そんなの……」


 小夜子は両手を頬に当てて、顔を真っ赤にしていた。

 

 そう言えば、忘れていた。

 この後輩は意外と恥ずかしがり屋な性格で、特にエッチなものには耐性がないのだった。


「これはな、ラッキースケべというものだ」

「らっきーすけべ……?」

「ライトノベルではよくあることだ。よし、これから説明しよう」


 赤面したまま硬直する後輩に、俺は語り始めた。

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