第3話
「そう言えばですけど、先輩」
「んー?」
「去年の文芸部ってどんな感じだったんですか?」
机を挟んで向かい側に座る小夜子が、興味津々といった様子で尋ねてきた。
俺より一年後輩の彼女は、当然去年のことを何も知らない。
「楽しかったぞ。最高に充実した時間だったな」
「へぇー、その頃は他の部員さんも部室に来てたんですね」
「来てないよ。俺一人」
「えっ……一人で充実……? 何を言ってるんですか先輩は」
「誰もいないからラノベに集中できて最高に楽しかったなあ。当時は青春群像劇の某シリーズにハマってて、高校生活の瑞々しさを感じてたよ」
「はぁー……」
小夜子は大きなため息をついた。
やれやれといった様子で肩をすくめると、俺のことを憐れむような目で見つめる。
「寂しい高校生活ですねー」
「ほっとけ」
「でも、良かったですね。今年は可愛い後輩が入ってきてくれて」
「可愛い、後輩……?」
「言うまでもなく私のことですよっ。先輩の孤独な高校生活が華やかになりましたよねっ? ふふんっ」
ドヤ顔で胸を張る小柄な後輩に、俺ははっきりと言い放つ。
「いや、俺は小夜子が入ってきて、ちょっと困ってるんだけど……」
「……へっ?」
「一人で静かにラノベを読みたいのに邪魔されるし、絡み方も強引だし」
「……」
「本が好きで文芸部に入ってくるならまだ分かるけど、そういうワケでもないみたいだし」
「……」
「あとは……あっ」
気付けば、小夜子が瞳を潤ませて、今にも泣きそうになっていた。
まずい、言いすぎたか……?
この後輩の性格は、ちょっと面倒くさい。
彼女は俺に対してグイグイ絡んでくるし、時には失礼なことも言う。
それなのに、彼女自身は俺のちょっとした言葉ですぐに落ち込む。
積極的なくせに打たれ弱いという、厄介なー面を持っているのだ。
「先輩、私のこと嫌いですか……?」
「違う! 嫌いなわけないだろ」
「ほんとに……?」
「本当だよ。小夜子と俺の仲ならこのくらい言ってもいいかと思って、つい言いすぎた。ごめん」
「……へ、へぇ。私との絆が強いからこそ、軽口を叩いたと」
「そうだよ、ごめん」
「先輩はこれからも、私と二人で文芸部を続けたいと」
「まあな」
「先輩は私のことが大好きで、できれば付き合いたいと思っていると」
「そこまで言ってないから」
「えへへ」
小夜子は小さくはにかんだ。
良かった、いつもの調子に戻ったようだ。
俺はほっと胸をなで下ろした。
読書中に邪魔をされたくないのは事実だが、俺は彼女と二人で部室にいる時間を、何だかんだで気に入っているのだ。
まあ、部活動中に彼女が話しかけてくる回数が今より減れば、言うことはないのだが……。
「ん? 待てよ……」
俺の脳内に、突如ひとつのアイデアが浮かんだ。
「思いついた! 小夜子をラノベ好きに染め上げればいいんじゃないか!?」
俺は思わず椅子から立ち上がって叫ぶ。
その勢いに驚いた小夜子は体をびくっと震わせて、怯えた目でこちらを見ていた。
だが、そんなことは気にしない。
何て素晴らしいアイデアなんだ! 彼女もラノベ好きになれば、読書に夢中で話しかけてこなくなる。
この世にラノベファンが一人増える上に、俺も部活に集中できるようになる。
まさに一石二鳥じゃないか!
こうして、俺の『小夜子をラノベファンに染め上げる計画』はスタートしたのだった。
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