第2話

 五月のある日。

 文芸部の部室に、窓から心地良い風が吹き込む。

 俺は文庫本を開き、黙々と読書に耽っていた。


 春の陽気に包まれて、読書がすごく捗る……はずだったのだ。

 彼女さえいなければ。


「せーんーぱいっ! えいっ!」


 ぱっと、小夜子が俺の読んでいた本を取り上げた。


「あっ、何するんだよ!」

「それは私のセリフですよっ。どうして本なんて読むんですか!」

「ここが文芸部だからだろ」


 俺はものすごく当たり前のことを言った。

 サッカー部がサッカーに打ち込み、野球部が白球を追いかけるように、文芸部員は読書に励むものだ。

 だが、小夜子にそんな理屈は通用しない。


「それより私にかまってくださいよー。ババ抜きと大富豪、どっちにします?」

「いや、トランプで遊んだりしないから。二人でババ抜きをしても面白くないだろ」

「だって暇なんですもん」

「本を読めばいいだろ。部活中は部活に集中するべきだ」

「えー、先輩は真面目すぎですよ……」

「当たり前だ。俺は生粋の文学青年だからな」

「文学青年? ラノベしか読まないのにですかー?」

「うぐっ!」


 痛いところを突かれた。

 いや、ラノベ以外だって読むことはあるぞ?

 ライト文芸とか、あと、漫画とか……。


「先輩はもっと人と接した方がいいですよ。手始めに、私と遊んで交流を深めてましょう」

「えー、やだ」

「ばっさり否定しないでくださいよー! もうっ」


 小夜子が不満そうに頬を膨らませた。

 子どもっぽい仕草だが、背が低くて童顔な彼女にはよく似合っている。


「そもそもの話だけどさ、小夜子はどうして文芸部に入ったんだよ。本も読まないくせに」


 俺は純粋な疑問を口にした。

 月野小夜子は全く本を読まない。

 それなのになぜか文芸部に入り、毎日部室にやってきては俺に話しかけてくる。

 何がしたいのか理解不能だ。


「いいじゃないですか、何をしようと私の自由でしょう?」

「いや、部活中でなければ小夜子の自由だよ。けど、部室では文芸に関係あることをするべきだろ。読書なり、執筆なり……」

「大丈夫ですよ。この部にルールなんて無いようなものですし」

「まあ、な……」


 確かにそうかもしれない。

 この文芸部には小説を書く者はいない。

 と言うか、俺と小夜子以外の部員は全員が幽霊部員なのだ


 結果として、俺たちはいつも二人きりの部室で放課後を過ごしている。

 俺はただひたすら好きなラノベを読み、小夜子は俺に話しかけたり絡んだり、相手にされなくて不満そうに拗ねたりしている。

 そんな日々が、小夜子が入部した今年の四月から続いていた。

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