太陽と月の文芸部

Lakuha

第1話

「ねえねえ先輩、ラノベじゃなくて私を見てくださいよー」


 後輩の拗ねたような声がする。

 俺は読んでいた本から目を離さないままで返事をした。


「今いいところだから」

「本なんて読んでないで私と話しましょうよー」

「……」

「ねえ、先輩。何か言ってくださいよ、先輩っ」

「……」

「太陽先輩」

「その名前で呼ぶな」

「あっ! やっとこっちを向いてくれましたね」


 思わず顔を上げた俺の目の前に、いたずらっぽい笑みを浮かべる後輩の顔があった。


「嬉しそうにしてるところ悪いけど、俺のことは名前で呼ばないでくれ。単に先輩って呼んでくれた方がいい」

「えー、素敵な名前なのにもったいないですよ。伊集院いじゅういん太陽たいようさんっ」

「いや、ほんとにやめて……」

「伊集院というお金持ちっぽい苗字に、太陽という明るく眩しい名前。先輩にぴったりじゃないですか」

「おい、皮肉で言ってるだろ」

「えへへー」

「どうせ俺は暗くて陰気な性格だよ。家も中流家庭だしな」


 俺は思わずため息をついた。

 まったく、太陽という名前はプレッシャーでしかない。

 現実の俺は人と話すことが苦手で、放課後はいつも文芸部の部室に引きこもって、一人でラノベばかり読んでいる人間だというのに。

 

「先輩、そんなに暗い顔をしなくても大丈夫ですよっ。たしかに先輩はラノベオタクだし、目は死んでるし、友達もいませんけど……」

「言い過ぎだろ。事実だけどさ」

「でも……先輩なら、頑張ればすぐに彼女ができますよ!」

「はぁ……? 何で急に恋愛の話題になるんだよ!?」

「照れなくても大丈夫です!」


 後輩が、ぐっと親指を立てて言った。

 やれやれ、いつものことだが彼女の発言には頭を抱えたくなる。

 どうやら彼女は俺のことを「友達や恋人と明るい青春時代を送りたいのに、それができなくて本ばかり読んでいる人」だと決め付けているようなのだ。


 この後輩の名前は月野つきの小夜子さよこ

 俺より一つ年下の、高校一年生だ。


 肩まで伸びた艶のある髪。

 愛くるしい顔立ちに、黒目がちな大きな瞳。

 150センチほどの、女子の中でも低い身長。


 いわゆる「守ってあげたくなる」タイプの見た目をしている。

 きっと男子からモテることだろう。


「俺は本を読んで過ごすだけで満足なんだよ。恋人は別にいらない」

「ふーん、本当ですかー?」


 俺の素っ気ない言葉に、小夜子はニヤニヤしながら目を細める。


「でも、先輩が恋愛に興味なくても、先輩のことを好きな女子はいるかもしれませんよー?」

「いないだろ、多分」

「絶対にいますって! 例えば……私とか」

「……からかうなよ、どうせ冗談だろ」

「えへへ、ドキっとしました? でも、冗談じゃなくて、本気かもしれませんよー?」

「はいはい」


 ドキっとしたかと問われれば、めちゃくちゃドキっとした。

 だってこの後輩は、性格はともかくとして、容姿はすごく可愛いのだ。


 小夜子は時々こんな風にして、俺に気があるようなそぶりをする。

 きっと彼女の言葉に深い意味はなくて、ただ軽口を叩いているだけなのだろう。


 だがしかし、万が一……本当に小夜子が、俺のことを好きだったなら――。

「……いや、そんなことはありえないか」

 俺は誰にも聞こえないように、小さく呟いた。


 小夜子みたいな美少女が俺のことを好きになるはずがない。 

 俺の高校生活はきっとこれからも、小説を読み漁った記憶だけで埋め尽くされるのだろう。


 ――この時の俺は、本気でそう思っていた。

 後になってその考えが間違いだったと分かるのだが、それはまだまだ先の話。


 これはラノベ好きの冴えない男子が、可愛い後輩女子と文芸部で繰り広げる物語だ。

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