サヨナラ地球人 コンニチハ宇宙人

矢魂

サヨナラ地球人 コンニチハ宇宙人

 近い将来、この美しき星・地球は人類の増加に伴い、人々が暮らすことが困難になるらしい。しかし、優しく、譲り合いの精神を持ち、皆仲良く、環境に配慮した素晴らしい生活を送る我々人間が土地の奪い合いで仲違いを起こすなどあってはならないことだ。そこで世界中の科学者、研究者、技術者達が導き出した答えは、『人間の住める星を見つけ、移住する』ことだった。

 私はその調査に使われる宇宙船の乗組員第一号という訳だ。といっても世界中の天才達が造りあげた船というだけあって、そのほとんどは自動操縦。私は到着先の調査をより細かくするためにこの船に乗るのだ。その上リスク分散の為、乗組員は私一人だけ。怖いと言えば嘘になる。だが、人類未開の星を目指す第一号になれるという誇り。そして何よりこの素晴らしい人間と言う種族の為だと思えば、そんな恐怖感など些細なものである。そうして私は今、この宇宙船に乗っている。


『それでは発射準備に入る!大丈夫か?』

「ああ!OKだ!」


 大きく呼吸をし、通信機から聞こえるカウントダウンに耳を傾ける。徐々にカウントが減り、遂に俺は宇宙に向かって飛び立った。激しい轟音にかき消され、人々の歓声は聞こえない。だがきっと、皆私を称えているに違いない。

 船が飛び立った数秒後、船内に激しい揺れが生じた。俺はその際強く頭を打ってしまったらしい。そして意識はどんどん遠ざかっていく。だが、これは自動操縦。きっと目的地に着くはずだ。きっと……。


「……ここは?」


 次に私が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。頭が酷く痛み、宇宙船発射前後の記憶がハッキリしない。一面真っ白な部屋に窓すらない。あるのは出入口が一つだけだ。だが、自分が治療されている所を見ると、高度な文明を持つ星に着く事が出来たらしい。先住民が居るとなると少々厄介だが、我らの仲間はきっとこの星の住民とも仲良くやれるだろう。


「先生!患者が目を覚ましました!」

「信じられん!奇跡だ!」


 何やら部屋の外で騒ぐ声が聞こえる。どうやら頭に埋め込まれた自動翻訳装置は無事機能しているらしい。言葉もわからず宇宙に放り出されるなど御免だ。

 ひとしきり廊下の騒ぎが収まると、ガラガラと部屋の扉が開かれた。そしてその向こうから不思議な生物が現れたのだ。二足歩行で目は二つ。鼻と口は一つずつあり耳は二つ。体毛は殆ど無く、頭部にうっすらと白髪が生えている。白い服を羽織っているが、地球では見たことの無い生物だ。


「失礼だが、ここは……」

「ああ!大丈夫だ!今はゆっくりしなさい。私は君の治療を任されたスズキと言う医者じゃよ」


 スズキ……。変わった名前だ。


「まずはゆっくり休んで体力を回復しなさい。君の現状はその後説明しよう。」


 そう言ってスズキは部屋の説明を始めた。驚いたのはその設備だ。というのも、ここは遠く離れた星だというのに地球の病院そっくりなのだから。特にテレビがあったのはありがたかった。こうして横になっている間もこの星の情報を収集できるのだから。

 この施設に入院して三日程がたった。俺は今日も女性型の宇宙人に頼みテレビを点けてもらった。彼女は前足と五本の指を器用に使って、私のお気に入りのチャンネルにあわせてくれる。なにぶん両手両足が石膏で固められ、満足にリモコンも持てないのだ。

 こうしてテレビから情報を集めていて、わかったことがある。一つは、スズキ達の種族はニンゲンと言うらしい。そして、ニンゲンには幾つかの種類があるらしい。スズキと基本的には皆格好は変わらないのだが、体毛や瞳、肌の色が違うのだ。そしてもう一つ。この星の住民は全くもって愚かだということだ。

 毎日誰かと争い、仲間を殺し、環境を破壊している。親を、兄弟を、友人を、隣人を……。些細な言い争いから、意見の食い違いから、肌の色の違いから揉め事を起こす。これではきっと我が故郷、地球の民とは相容れないだろう。

 そんな中、私の興味を一際引いたニュースがあった。宇宙船打ち上げのニュースだ。残念ながらこの星の宇宙船は打ち上げに失敗したらしい。だが、奇跡的にパイロットは助かったという報道を聞く度、私は胸を撫で下ろす。いくらニンゲンが愚かだといっても死んでしまっては後味が悪い。だが、そのパイロットの顔を何度も見る内に、私は不思議な気持ちを抱く様になっていった。……彼には以前あったことがある?だが、頭が割れる様に痛み、それ以上は考えることをやめた。

 そんなある日、女性型のニンゲンにスプーンで食事を食べさせてもらっていると、あることが気になった。スプーンにうっすら映る顔。ぼやけてうまくは見えないが、どこか俺の顔はニンゲンのようにも見えた。


「はは……まさかな」


 だが、その夜。私は眠る事が出来なかった。小さな疑念は時間と共に大きな不安へと姿を変えて行ったのだ。そして、我慢できなくなった私は、部屋を飛び出した。

 石膏で固められた手足で這いつくばりながら私は病院の廊下をひたすら走った。そして、廊下の端に巨大な姿見を見つけると、息を切らせながらその前に滑り込む。そこに映っていたのは、二つの目に鼻と口が一つずつ。その顔の両側には耳がついている。……私の顔はスズキ達と同じニンゲンになっていた。


「ウワアァァァーーーッ!!アイツら!アイツら私にナニしやがった!!」


 私は!私は優しく、譲り合いの精神を持ち、皆仲良く、環境に配慮した素晴らしい生活を送る誇り高い地球人なんだ!なのにどうして醜く争いばかりするニンゲンになっているんだ!

 訳もわからず私は暴れた。だが、何人ものニンゲンに押さえつけられ、私の意識は深い闇の中に落ちていった。



「どうだね?彼の容態は?」

「はい!スズキ先生!酷く錯乱していたようなので、一旦眠らせ、今は厳重に拘束しています!……しかし、彼は一体?」

「あの宇宙船発射事故の後。彼は一命をとりとめた。だが、記憶の一部がすっぽりと抜け落ちてしまったのだよ。……ニンゲンと言う種族の記憶だけがね。今の彼には我々は奇妙な生物に映っているはずだ。……しかし、以前の彼にはこの地球がどんな素晴らしい星に映っていたのだろうか?いずれにせよニンゲンの思い込みとは恐ろしいものだ……」

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