7
「……はぁ?何それ」
成沢高校「好きなことやる部」(未認可)の部室で、顔をしかめながらそう吐いたのは理樹だ。
「……何とでも言え」
唯人とのことの顛末を部の面々に話す真尋は、ブルーライトカット眼鏡の両端を親指と中指で持ってくい、と上げた。
この面々に自分の過去を話すと決めた時点で、真尋には相当の覚悟が必要だったはずだ。真尋が唯人に抱いていた気持ち、複雑な心の傷。それらの弱みは、これまで真尋が決して口にしなかったことだ。
それでも真尋は、自分のために必死で走り回った面々に対し、顛末を隠し通すわけにはいかないと思った。
その覚悟の大きさを考えると、何を言われても腹をくくると真尋が決めていたのもうなずける。
「違うよ!真尋じゃなくて、弦田の方!」
理樹は、胸の前で両手をぶんぶんと振って否定した。
「重ぇ……重ぇよ弦田……」
物事はきっぱりさっぱりが信条の頼は、唯人の異常な執着に頭を抱え込んでしまった。
「なるほどねぇ、弦田くんの執拗な独占欲が働いちゃったんだね」
透留は、ため息をつきながら憮然とした表情を浮かべる。
「でもさ、弦田のやつひどくない?結局は真尋の気持ち逆手に取って縛ってたってことでしょ?」
そう言う理樹の表情は、頭から湯気が出そうなほど怒り心頭といった風だ。
「あいつー……もっとボッコボコのビッリビリにしてやりゃよかったぜ!」
頼は自分の胸の前で、右の拳を左の手のひらにバチン、と叩きつける。
「よく無事で弦田くんから逃げて成沢に来たね……お母さんは嬉しいよ」
自分のことを「お母さん」と言い切った透留は、そう言って涙をぬぐう振りをしながら真尋の手を握った。
「お、おう……」
彼らの反応は、真尋が想像していたものとはかなり違っていた。もっと、「男が好きだったって?」「何であんなやつを好きになったんだ」などと揶揄されるかと思っていたのだ。
それに、いつも厳格に襟を正していた自分に傷ついた過去があると知られると、これまで虚勢を張っていたことを滑稽に取られるとも予想していた。
しかしそれとは裏腹に、彼らが自分のために怒ったり悲しんだりしてくれることに、真尋は困惑を隠せない。
彼らは、本当の真尋を知っても距離を置くどころか、寄り添ってくれる。
そう思うと、彼らが唯人に対峙してくれたときに、真尋の心につっかえていたものが流れていったように、最後の心の砦が彼らの手で崩されていくのを真尋は感じた。
「それにしてもよ、着拒してたのに何で連絡取れたんだ?」
頼がそう聞くと、真尋は答える。
「学校が割れたんだから、俺と連絡がつかなければ、やつはたぶん学校まで来る。こんなところまで来られるぐらいなら、連絡取れるようにしておいた方がましだ」
「めんっどくさ。まぁ、唯人の執念ならそれもあるかぁ。キモ」
理樹は、吐き捨てるようにそう言って頬杖をついた。
その後も、唯人に対する文句や真尋へのねぎらいの言葉が飛び交う中、その合間を縫ってぐす……ぐす……という音が聞こえてくるのに、一同は気づいた。
彼らがその音の方向を見ると、柊太が顔をぐしゃぐしゃにしながら頬と鼻の下を濡らしている。そして柊太は、「うっ……」としゃくり上げながら袖口で顔をごしごしと拭いた。
「は、はぁ?何でお前がそんなに泣いてるんだ」
真尋が若干焦った風にそう言うと、
「だって……辛いじゃないですか。悔しいじゃないですか。真尋先輩は、ただ弦田さんが好きだっただけなのに……。受け入れて欲しかっただけなのに……。それで真尋先輩はすっごい苦しくて……そんな」
と柊太は言葉を途切れさせながら鼻をすする。そして自分の言葉にさらに込み上げてきたのか、さっきよりももっと顔を歪めて「うぐっ、うぐっ」と嗚咽を漏らし始めた。
そんな柊太を、真尋は呆気にとられたように見つめている。そして透留は、「ほんとに泣き虫だねぇ柊太くんは」と言いながら柊太にハンカチを差し出した。
真尋は、少しだけ困ったように俯いて頭をかきながら、
「あの……あれだ。む、昔のことだし、もう大丈夫だ……だから、泣くな」
と、珍しく言葉を詰まらせながら柊太に声をかける。
「真尋先輩の気持ち、おれなんかにわかるわけないですけど……真尋先輩が辛かったのは確かじゃないですか。おれ、苦しくて……」
柊太はそう言ってしゃくりあげながらも、「泣くな」という真尋の言葉を守ろうと、透留のハンカチでごしごしと顔を拭いて涙をこらえようとしていた。
真尋は、若干座りが悪そうに眼鏡のつるを持ってかけなおすが、自分のことを思って号泣してくれる柊太を見るその目の端は、少しだけ朱く染まっている。
「ばかぁ……柊ちゃんがそんなに泣くから……ぼくもヤバいじゃん……」
そう言って理樹は、上を向いて目をぱちぱちとする。すると頼は、
「一番泣きたかったのは真尋だっつーの」
そう言って、号泣が止まらない柊太と、それが伝染してしまった理樹の頭をそれぞれに軽く小突く。
「あらあら、困ったねぇ。でも、みんなこんなになっちゃうぐらい、真尋くんのこと好きなんだよ」
透留は、柔和な笑みを真尋に向ける。その言葉に、真尋は照れくさそうにまた頭をかく。しかしその後、透留の表情はすぐにきっ、と引き締まって、
「だから教えて。ここに来なくなって僕たちを避けたのがなぜなのか」
と真尋に向き直った。
「そーだよ、それが知りたかった!透留は、何か弦田に脅されてるってとこまでは読んでたけど、関係あんのか?」
透留の質問に乗っかって、頼も身を乗り出した。そして柊太と理樹も、涙に滲んだ目で真尋を見る。すると真尋は、言いづらそうに間を置きつつ、すぅ、と息を吸った。
「……唯人、お前らのチカラのこと調べてただろ。それで……俺とお前らのチカラを成沢の生徒にバラされたくなかったら、もう金輪際お前らと会うなって」
この真尋の白状に、面々は一瞬固まってしん……という空気が流れた。その時間が数秒続いた後、
「はぁ!?それで、バカ正直にそれに従ってたわけ!?」
と理樹が沈黙を破る。それに続いて、
「真尋くんのチカラがバレるのはアレだけど……僕たちも見くびられたものだね」
そう言って透留がため息をついて頬に手を当てた。さらに、
「お前な、オレたちがそんなんバラされたからってめげるとでも思ってんの?」
と頼も胸の前で腕を組む。
「だ、だってお前らも、少なからずチカラのせいで嫌な思いをしてきただろう」
真尋が弁解をしようとすると、透留がコンコン、と机に人差し指を当てながら、こう言った。
「この『好きなことやる部』は、何のためにあるの?」
透留の問いかけに、はっ、と真尋は息を飲む。そんな真尋の様子を見て透留は、
「そう。そんな思いをしてきた僕たちの場所でしょ」
と言って微笑んだ。
真尋は、改めて面々の顔を見渡す。透留、理樹、頼、そして柊太。それぞれがお互いに顔を見合わせた後、真尋を見つめる。すると真尋の表情は少しだけ崩れて、その目にわずかな潤みをたたえた。
すると柊太が、
「お、おれ……もうダメです……」
と震える声を発する。面々が柊太の方を見ると、柊太は、収まりかけた涙を目にいっぱい溜めて、顔を真っ赤にして「うぇぇ……」と嗚咽を漏らした。
「もー柊ちゃん、勘弁してよぉ!」
理樹が目頭を押さえながら柊太に文句を言うと、
「真尋先輩は……みなさんのために……。みなさんが傷つかないようにって……」
と言いながら、柊太は透留から借りたハンカチで目をごしごしとこする。
「……『みなさんのため』?」
真尋は、眼鏡の奥の目尻をこっそり指で拭いながら、柊太にそう投げかけた。
「はい、みなさんのことを考えて……ですよね」
柊太がそう言うと、真尋は小さくため息をつき、
「……何でそこにお前が入っていないんだ」
と少し早口で漏らす。その真尋の言葉は、柊太もしっかり聞くことができた。
「何で、って……」
おれは、みなさんみたいにチカラを持った同士じゃないから仲間になれない、と柊太は答えようとするが、
「そーいや柊太、たまに『みなさん』を持ち出してオレたちと距離開けるよな」
と頼が不満げに言う。そして理樹も、
「えっ、もしかして柊ちゃん、まだうちの一員じゃないとか思ってる?」
と、何を今さらといった風に目を見開いた。
「いや、そういうわけじゃないですけど……。だって、おれにはみなさんが持ってるチカラは……」
そう柊太が言いかけると、透留は冗談ぽく怒ったような顔を作って、
「ほらまた『みなさん』って言った。柊太くんにだって、チカラあるでしょ。それが、僕たちとタイプが違ったとしても」
と、柊太の額に人差し指を当てる。その後、こう続けた。
「それに……チカラがあってもなくても、もう君は僕たちの仲間だよ。だって、僕たちを受け入れてくれたんだから」
柊太は、その透留の言葉に目を見開く。理樹は深くうなずき、頼は親指を立てる。そして柊太が真尋の方を見ると、真尋はほのかな笑みを浮かべた。
「……っ、あ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」
柊太は、上半身を思いっきり曲げて深々と頭を下げた。これまで、ずっと彼らの仲間になりたい、でもできないと思っていた心のもやもやが、すぅっ、と晴れていくのを柊太は感じていた。
「でも、今回はほんと大変だったなー。ぼく、柊ちゃんの増幅能力であんなにチカラおっきくなると思ってなかったから、あの日の夜は疲れて秒で寝ちゃったよ」
理樹がそう切り出すと、透留も続く。
「僕も、予知しすぎて頭に糖分回ってないのわかったから、ぐったりしちゃった」
次に頼も、
「でかいチカラ使うって、あんな消耗すんだな。オレは腹減りすぎて、ハンバーガーセット買い食いしてから飯食ったわ」
と笑った。
「おれも実は、あの日ちょっと体だるくなっちゃって家帰っても放心状態でしたね」
彼らの言葉に、柊太も乗っかった。
「僕たちのチカラがこんなに大きくなるなら、もし真尋くんが柊太くんに触っちゃったらどんなことになるんだろうねぇ」
透留がそう言って考える仕草をすると、理樹は「確かに」と同意する。そして頼が、
「やってみれば?」
と柊太をけしかけるが、間髪入れず真尋は、肩をすくませて両手で体を抱えながら言った。
「お前らのチカラがあれだけ増幅したのに……考えるのも恐ろしい」
そんなやりとりをしている間にも真尋は、こうやって自分のために身を削って頑張ってくれた彼らに、言わなければならないことがある、と考えている。そしてしばし黙り込んだ後、真尋は思い切って切り出した。
「あ、あの……」
すると、一同は揃って真尋の方を見る。その彼らの視線に真尋はひるんでしまったが、それでも言いたい言葉をひねり出そうと必死になる。
「え、えと……あ……」
そう声を発しながらも真尋が言いあぐねていると、
「ほぉ。口下手の真尋くんは、何かぼくたちに言いたいことがあるんだね?」
と理樹が真尋の方に身を乗り出した。
「い、いや、その……」
真尋の言葉はなかなか形にならず、ぱくぱくと口が空を切る。
「ほんとに素直になれない子だねぇ」
透留は仕方ないな、とため息をついた後、
「頼さん。真尋さんの眼鏡、取っておやんなさい」
と頼に指示を下した。
「かしこまり!」
嬉々としてそう言った頼が真尋に近づくと、
「ま、待て!眼鏡はやめろ!言う、言うから!!」
と眼鏡をガードしながら、真尋が動揺した様子を見せる。
頼が引き下がった後、しばしの沈黙が流れた。一同は、ぐっと息を飲んで真尋の言葉を待つ。
そして真尋は、大きく深呼吸をした後ゆっくりと口を開いて、
「……あ、ありが、とう……」
と言った。
その瞬間、一同はわっ、と湧いてお互いに「イェーイ!」とハイタッチをした。柊太も満面の笑みでそれに乗っかる。そして彼らが一斉に真尋の方に手のひらを向けると、真尋はおずおずと両手を出して、
「……はしゃぎすぎだ、お前ら」
と言いながら、差し出された手にパシッ、とハイタッチする。
面々が楽しそうに笑い合っている中、柊太は真尋の方に目をやる。真尋は、頬から耳の端まで朱くしながら、眼鏡の真ん中のつるをくい、と中指で上げた。
クールに振る舞っているけれど、本当は不器用で照れ屋で、弱さを必死に隠そうとしてしまう人。周りを突き放すように見せかけて、仲間のことをとても大事にしている人。
このとき柊太は、自分が真尋に対して持っている気持ちの正体を、はっきりと確信してしまった。なぜ真尋のことばかり考えていたのか、なぜ真尋の言葉をもっと聞きたいのか、なぜ真尋のことを知るたびに心が満たされるのか。
(そうか、おれ……この人のこと、好きなんだ)
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