5

「ひゅー、柊ちゃんつおーい」

「黄金の右脚を持つオレも誉めてやろう」

「よかった、間一髪セーフだね」

 柊太の後ろから、理樹、頼、透留が続いて真尋のもとにやってくる。それぞれが発する言葉には余裕の色も見えるが、面々の息は全力疾走で完全に上がっていた。

「お前ら……!」

 真尋が目を丸くしながら彼らを見ると、

「何でここに、でしょ?」

と透留が真尋の言葉を言い当てた。すると次に、理樹がこう言う

「いやー、柊ちゃんのチカラ増幅能力、マジですごいよ。おかげで透留の予知が捗る捗る」

「真尋お前、透留の予知もここまでは届かねぇとか思ってたんじゃねぇ?甘ぇよお前」

 理樹に続いて頼が言うと、柊太が真尋の正面を向き、

「もう、大丈夫ですから」

と強い表情を見せた。

 その柊太の顔を見たとたん、真尋の体からがくん、と力が抜け、膝から崩れ落ちてずるり、と座り込んでしまう。

「みんな、ゆっくり話してる暇ないよ……。理樹くん頼くんと、柊太くんの仕事が残ってるでしょ」

 透留のその言葉はしっかりしていたものの、ぜい、ぜいと肩で息をしながらふらり、とコンクリートの柱に背中を預ける。普段は駆使しない高精度の予知を連続して行ったことで、透留は疲弊の色を見せていた。

「透留先輩、お疲れ様でした。じゃ、行きましょうか!」

 柊太が理樹と頼にそれぞれ目を合わせると、3人で力強くうなずく。すると、柊太に蹴りを入れられて倒れ込んでいた唯人がゆっくりと体を起こした。

「キミたち、ボクにこんなことしていいと思ってるの?」

 唯人が右腹を抑えながらもにやり、と笑うと、

「はー?何がー?」

と理樹が間の抜けた声で問い返す。

「あ、そっか。真尋、こいつに何か脅されてんだっけー。って、透留が言ってたなー」

 そして頼は、頭の後ろで手を組みながら唯人に近づいた。

 2人のあまりにも緊張感のない言葉に、唯人は拍子抜けしながら、

「キミたち全員、超能力者なんだろ?そんなこと、成沢の生徒たちに知れ渡ったらどうなる?」

と、自信ありげな笑みを崩さずに言う。にもかかわらず理樹と頼は、こう切り返した。

「へぇ、ぼくたちのこと知ってんだー。でも、別にどうもしないけどー?」

「オレらのチカラなんて、微々たるもんだしなー。多少人に引かれるぐらいなら、痛くもかゆくもねぇよ」

「はぁ……?何でキミたちはそんなに脳天気なんだ?チカラが人に知れ渡るのは、真尋ちゃんが一番恐れていたことだぞ」

 唯人は、これまで真尋が自分のチカラを知られまいとこらえていたことを知っているのだろう。その感覚が、他の面々にも通じると思ったようだ。しかし理樹と頼の言葉は、完全に唯人に肩透かしを食らわせた。

 とはいえ、理樹と頼が多少ハッタリをかましていることを、真尋も透留もわかっている。そして柊太も薄々そう感じていながらも、2人に乗っかる方を取った。

「弦田さん、この人たちの超能力について調べてたんですね。でもこの人たちしぶといんで、そんなの効きませんよ」

「……ああ、キミはこの面子のうちで唯一超能力がないんだったな。キミに何ができるっていうんだ?それに他のやつだって、普通の人間じゃない超能力なんて持ってても、チカラは全然強くないじゃないか」

「普通の人間じゃない」という唯人の言葉に、真尋はビクッ、と体を震わせた。もちろん他の面々も少なからず反応する。その言葉は、これまで彼らをさんざん追い詰めてきたものだ。

しかし、悔しい気持ちをぐっと抑えて、透留は確信を持ったように、にこやかにこう言った。

「あー、こないだ僕をつけてきてたの、弦田くんの仲間だったのか。僕たちのことをつけていろいろリサーチしてたんだね。そこまで読めなかったなぁ。よく調べたね、感心感心」

「感心してる場合か!」

 そう唯人がツッコむと、透留はにっ、と笑って、

「でも、キミの仲間のリサーチで唯一漏れてることがあるみたいだよ」

と、柊太に目を向けた。その視線に、柊太は力強くうなずく。

「は?どういうことだ……」

 唯人がそう言うや否や、柊太を中心として右に理樹、左に頼が並び、柊太の手を強く握った。

「こういうことです!」

そう柊太が言うのと同時に、理樹が唯人に向かって手をかざした。すると唯人の体がぐん、と浮き、広い河原に設置されているテニスコートを囲うフェンスに、すごい勢いでガシャン!と打ち付けられる。

「ぐぁっ!?」

 唯人が苦悶の声を上げると、

「ふぁー、ほんとに人が飛んだ!ヤバいねこれ!」

と理樹がはしゃぐ。そして、ずるり、とフェンスからずり落ちた唯人を尻目に、頼も嬉々としてこう言う。

「なーなー、アレやってもいいか?」

「……いいですけど、死なない程度にしてくださいよ」

 柊太が頼の言葉にそう返すと、頼は手をかざしてバチバチ……と青白い閃光を発した。そして、

「人に直接はヤバいけど、こうしたらどーなるんかなー」

と言って、手をフェンスの方に向ける。すると閃光はバチッ!と太くまっすぐにフェンスの方に伸び、フェンスは全体に強く電気を帯びた。そしてフェンスからは、激しく稲光が発せられる。そして、フェンスに背中を預けていた唯人の体は、

「うわぁぁ!!」

という叫びとともにビリビリと全身を震わせた。この電気の衝撃から唯人が逃れようとすると、理樹は再び唯人の方に手をかざす。

「逃げないでよーん」

 理樹の緩い語気とは裏腹に、理樹のチカラは唯人の体をフェンスに強く縛り付ける。そしてしばらく、唯人は腹の底から絞り出すようなうめき声を上げながら、稲光に打たれていた。

「ちょっと待ってください!これ、たぶん死にますよ」

 そう柊太が言うと、理樹と頼は、

「え、マジ?もーちょっとやりたかったんだけどなー」

「しゃーねぇ、死人を出したいわけじゃねぇからな」

と言って、やっと力を弱めた。

 理樹と頼のチカラから解放された唯人は、地面に膝をついて崩れ、ぜぇ、ぜぇと荒い息をした。

「……キミたち、こんなことしてタダで済むと思ってるの?」

 息も絶え絶えになりながら発せられる唯人の言葉に、

「ふふ、そんなセリフ、生で聞くの初めてだな~。ほんとに言う人いたんだね。でも、どうせ手下くんたち使って、せこいことするぐらいでしょ?」

と透留がにこやかに言い返す。

「おい透留、これ以上あいつを煽るのはやめろ。あいつ、何をするか」

 真尋が透留を制しようとすると、透留はさっきまでの笑顔をすっ、と消して厳しい表情に変わり、怒りを込めながら静かに言い放った。

「何されたって、僕たちは真尋くんを苦しめるやつは許せないんだよ」

そして頼もそれに続く。

「お前、オレたちがこんなやつにやられるほどヤワだと思ってんの?」

「やだなー真尋、もっとぼくたちのこと信じてくれなきゃ困るよー」

 さらに理樹が言うと、最後に柊太が真尋の方を振り返って、言葉を発した。

「真尋先輩は、1人で苦しまなくていいんです」

「……!」

 彼らの視線は、まるで氷を少しずつ解かす緩やかな水の流れのように真尋に注がれる。そのとき、真尋の中でも何かが解けて少しずつ流れ落ちていった。

「くっそ……。近いうちに痛い目見るからね」

 そう言って唯人がよろよろと立ち上がると、

「あ、あそこに時計立ってるね。そこでお昼寝してもらおっかー」

と理樹が言って、テニスコートの傍らに立っているポール型の時計を指さす。

「おい、何を……!」

 唯人の言葉を待たず、理樹はチカラでまた唯人の体を持ち上げ、ひょい、と時計のてっぺんに唯人の体を運ぶ。その結果、唯人の体は時計に引っかかるような形でとどまった。

「おい、ふざけるな!降ろせ!」

と高い位置から叫ぶ唯人に、

「あ、じゃあついでに電気マッサージもつけてやろう」

と言って、頼は時計の鉄柱にビリ、ビリと断続的に電気を送る。するとその度に唯人の体はビク、ビクと跳ねた。

「これなら死なねぇだろ、柊太」

頼にそう言われ、柊太は「まぁ、たぶん……」とざっくりと返す。

その後、柊太は時計に引っかかっている唯人にゆっくりと視線を移してきっ、と見上げた。そして、唯人に向かって強い語気でこう言い切る。

「真尋先輩に手出しするな、なんて約束があなたとできるとは思いません。でも、もし手を出したら……1ミクロンでも手を出そうとしたら、おれたちは容赦なくあなたを攻撃します。何度でも」

「多賀谷……」

 真尋はそうつぶやきながら、自分の前に立つ柊太の背中を、惹きつけられるようにじっと見つめていた。

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