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「嬉しいなぁ。真尋ちゃんとこんな風に一緒に歩けるなんて久しぶりだね」

 唯人は、穂村学園にほど近い河原の草を踏みしめて歩きながら、明るいトーンでそう真尋に話しかけた。

「……そうだな」

 真尋がそう答えると、

「そんなに離れて歩かないでよ、せっかく一緒にいるんだからさ」

と言って、唯人は真尋の手を掴んで自分の方に引き寄せようとする。

「……やめろ」

 真尋は、その唯人の手をばっ、と振り払った。

 唯人はふぅ、と小さくため息をついた後、にこやかに真尋に笑いかけて、こう言う。

「ボクね、高校に行ってからもずっと真尋ちゃんのことばっかり考えてた」

「……」

 真尋が黙り込んでいると、さらに唯人は続ける。

「何で真尋ちゃんは別の高校に行っちゃったんだろう、何でボクから離れちゃったんだろうって」

「……何でだろうな」

 その真尋の言葉は、どこか核心をはぐらかすようなニュアンスだ。そんな真尋を見て、唯人は口の端を上げた。

「……真尋ちゃんが、ボクから逃げられるわけないのに。だってキミはボクのこと」

「その話はするな!」

 唯人が言いかけた言葉を、真尋は全力で遮る。握られた真尋の拳は、かすかに震えていた。

「……もう、過去のことだ」

 そう言った真尋に、唯人は不敵な笑みを浮かべる。

「そうかな?」

 唯人は立ち止まって、少し空いている真尋との距離をじわり、と詰めた。それに合わせて、真尋も少し後ずさる。

「真尋ちゃんの秘密を知ってるのはボクだけだったよね。だから、真尋ちゃんを守れるのもボクだけなんだ。それは、真尋ちゃんもよくわかってるはずだよ」

「……お前、よくそんなことを」

 真尋は、唯人に詰められた距離に体をこわばらせながらも、声を絞り出した。

「何で?ボクは真尋ちゃんとずっと一緒にいて、傷つかないように守ってあげてたでしょ?」

 唯人が少し首をかしげてそう言うと、真尋の表情はさらに曇る。

「そういうのが、嫌なんだよ」

 真尋は、うまく出ない声を必死で絞り出した。そして、さらに言葉を続ける。

「そういう唯人の、人をがんじがらめにする感じが嫌なんだ」

 その真尋の言葉に、唯人はさっきまでの笑顔をすっ、と消した。

「……嫌?嫌って言った?」

 少し声のトーンを落として唯人はそう言い、次の言葉はさらに喉の奥から低く響かせる。

「真尋ちゃんが中学生活を穏便に過ごせたのは、誰のおかげだと思ってるの?ボクがいなかったらどうなってたと思う?きっとみんな、真尋ちゃんのこと気味悪がって離れていって……もしかしたら、いじめられてたかもしれないね」

 唯人がそう饒舌に語り始めると、真尋は悔し気に唇を噛んだ。

「でも、ボクはキミの秘密を知っても受け入れてあげたでしょ?それから、キミの本当の気持ちも」

「やめろ!」

 唯人がさらに話を続けようとしたところで、真尋はたまらず声を上げた。しかし唯人は、そんな真尋の様子に構うことなく、さらに真尋との距離を詰める。

「ボクは嬉しかったんだよ。キミのほんとの気持ちを、チカラのおかげで知ることができて。だから、ボクはずっと真尋ちゃんと一緒にいようと思ったんだ」

「……そうやって俺につけこむのはそんなに楽しいか」

 真尋は、眼鏡の奥の目を光らせながら唯人を睨みつける。すると唯人は、

「つけこむ?事の発端は真尋ちゃんでしょ?」

と言って、さらに「まだわかんないの?」と付け加える。その次の瞬間、真尋の手を強く掴んで、ぐっと強引に引っ張った。

「ちょ、何す……!」

 真尋は、その唯人の強引な行動にいささか恐怖を覚えた。そして、引っ張られる力に抵抗しようとすると、さらに唯人の手は真尋の手に食い込んだ。

「言ったでしょ、ボクからは逃げられないって」

 唯人はそう言いながら、真尋を引っ張ってずんずんと歩いていく。そして川にかかっている大きな橋の下まで来ると、真尋の体をコンクリートの柱に叩きつけた。

「!」

 その衝撃で、真尋の背中には鈍い衝撃と痛みが走る。そのダメージに顔をしかめた真尋が目を開けて唯人を睨みつけようとすると、真尋の目の前に大きな影ができて唯人が真尋の横にドン!と手をついた。

「さっきの、言い間違えたね。逃げられない、じゃなくて……」

 唯人が、ゆっくりと真尋に顔を近づけながらそう言うと、真尋は必死で顔を横に背ける。すると、唯人の方に露わになった真尋の耳に、

「逃がさない」

と唯人の低く、くぐもった声が響いた。

「!」

その唯人の言葉に、真尋は声を出すことができなかった。体は固まったまま指の先も動かすことができない。まるで、唯人の言葉に縛り付けられてしまったように。

そんな真尋を見て唯人は、唇を真尋の耳から離すことなくこう言う。

「……わかってくれた?もし逃げたら、キミの大事な仲間が……」

「それだけはやめろ!……わかったから」

 真尋は、唯人に力なく懇願した。

「あいつらは、関係ないから……」

 そう真尋が呟くと、唯人はフッ、と口の端を緩めて、

「いい子。真尋ちゃん」

と言いながら、真尋のあごを強く掴んで正面に向けさせた。そして、唯人は、徐々に真尋に顔を近づけていく。真尋の目の端に、唯人が小さく舌なめずりをしているのが見えた。

真尋は、自分に近づけられる唯人の顔に観念したように、きつく目をつぶる。

すると真尋の右側から、ドドドド……とすごい勢いで走ってくる足音が聞こえてきた。

 その足音の方向を真尋が見ようとした瞬間、ドカッ!という鈍い音が響く。それと同時に唯人の体が横に傾き、そのままドサッ、と崩れ落ちた。

「!?」

とっさのことに思考が追い付かない真尋が顔を上げると、そこには右足を振り上げてはぁ、はぁと息を切らしている柊太の姿があった。

「多賀谷……!」

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