4

「お前、もっと離れて歩け」

 真尋に突き放されるように言われて、柊太は「はい……」と肩を落としながら、真尋の3歩後に下がった。

 柊太が「好きなことやる部」に出入りするようになってから、毎日真尋と同じ道を歩いて帰っているのだが、その度に真尋は柊太と距離を取って歩く。その理由が柊太にはわかるだけに、素直に従うしかなかった。

(おれのこと、警戒してるんだなぁ……)

 柊太は、仕方なく真尋の背中を見ながら歩く。そんな日々の中で気付いたことだが、真尋は歩くのが速い。真尋の後ろを歩く柊太は、せめて引き離されないようについていくのに必死だった。

 そして、だいたい3歩分の距離を取って歩いているので、会話をしようにも微妙に遠い。そのため、柊太は真尋に話しかけるタイミングをいつも計りかねているのだ。

(もっと、真尋先輩と話したいのにな)

 そんなことを考え、もどかしい気持ちで柊太はただ黙って真尋の背中を追う。その後ろ姿を見ながら、いつの間にか柊太はいろいろなことを考えるようになっていた。

(真尋先輩って華奢に見えるけど、背中はけっこう広い)

(腰の位置、高いよなぁ。脚長いんだ)

(いっつも、カバンを肩にかけるの左側だよな)

 真尋と会話ができない分、目に見える真尋の姿と会話しているような気分に柊太は陥る。そして一方的ではあるものの、ほんの細かいことでも真尋のことを知るたびに、柊太は少し満たされた気分になった。

(こんな風に、真尋先輩とずっと歩いていられたらな……)

 柊太がそう思うと突然、

「おい」

と前方の真尋から声が飛んだ。

 今までぼーっとしながら真尋の後ろ姿を凝視していた柊太は、不意に降ってきた真尋の声にびくっ、と体を震わせる。

「は、はいっ!!」

 あまりに驚いたため、柊太の声はすっかり裏返ってしまった。

「……何を驚いているんだ」

 真尋は、明らかに動揺している柊太に訝し気に言葉を投げた。

「い、いえあの……。真尋先輩から話しかけてもらえて、びっくりしちゃって」

 柊太は、正直に自分の今の状況を真尋に伝える。すると真尋は、

「俺だって、話しかけることぐらいある」

と、若干不機嫌そうに言った。

「そうですよね……」

 柊太が頭をかいていると、真尋はまだ柊太の前を歩きながら言葉を続ける。

「お前、何で俺たちにそんなに協力的なんだ?」

「何でって、あなた方が引き入れたんでしょ?」

 柊太は、真尋の言葉にそう抗議する。それに対し真尋は、

「それにしたって、断ろうと思えば断れたはずだ」

と言葉を放った。

 柊太は、確かにその通りだなと考える。出会った最初の日、柊太が「好きなことやる部」の面々と共鳴を起こし、さらにチカラを増幅させる媒体であると判明した時点で、部の面々が柊太に関心を示したことはわかる。しかし、柊太が必ずしもそこに加わる必要はなかったのだ。

 柊太は少し考えて、ゆっくりと口を開いた。

「……自分だけができることが、見つかったからですかね」

 柊太がそう言うと、真尋は立ち止まって初めて柊太の方を振り返った。真尋の顔を久しぶりに見た気がして、柊太は少し嬉しくなる。その顔をずっと見つめていたくなる気持ちをいったん横に置いて、柊太は話を続けた。

「おれ、こう言うとアレですけど、けっこう何でも平均程度にはできちゃうんです。勉強も運動も。だから逆に、自分にしかないものとか、自分だけの特徴とかがなくて。おれ、いる意味あんのかなと思って、何かいろいろと面倒くさくなってたんです」

 柊太の言葉を待つように、真尋は眼鏡の奥から柊太を見ていた。何か変なことを言っていないだろうか、と思いながらも、柊太はまた口を開く。

「でも、みなさんのチカラに影響を与えられるの、おれだけじゃないですか。それで、おれにしかないものがあったーって思って。自分だけができることって言うわりには、小さいかもですけど」

 そう言って、柊太はニカッ、と笑った。そして「だから、楽しいです」付け加える。

真尋の目はそんな柊太を映し、ゆっくりと見開かれてかすかに揺れた。しかし、その真尋をよそに柊太は、

「あ、でも真尋先輩にはおれのチカラって迷惑なんですよね。困ったなぁ……」

と言って頭をかく。

「おれも、真尋先輩の役に立ちたい……」

 思わずそう呟いてしまった柊太は、慌てて口を手で塞いだ。

「あっ、ごめんなさい!おれごときが真尋先輩に何かできるわけないですよね!」

 その柊太の言葉に弾かれるように、はっと表情を変えた真尋は、また柊太に背を向けてしまう。

(だよな……。出過ぎたこと言っちゃったなぁ)

 柊太が心の中でそう反省すると、真尋が風で飛びそうな小さな声でこう漏らした。

「……心意気は買う」

「え、何か言いました?」

 案の定、柊太には真尋の言葉を聞き取ることができなかったが、それは柊太の、

(もっと聞きたい、真尋先輩の言葉)

という気持ちをよりかき立てるものとなった。

 そして、また3歩分の距離を保ちながら歩き始めた2人の後ろで、ひそかに地面をジャリ、と踏み鳴らす人影がある。その人影は、真尋と柊太を目で追いながらこっそりとポケットからスマホを取り出し、チャットアプリにメッセージを送った。

【こちらは、目立った動きありません】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る