3章
1
それから、柊太は暇さえあれば真尋について考えるようになった。
(真尋先輩が、あそこまで頑なになった理由……。過去に傷ついたからかもって透留先輩が言ってたけど、何かトラウマみたいなものがあるってことかな)
ぐるぐると考えてみるものの、本人に聞かなければ答えがわかるわけもない。それでも柊太は、真尋に思いを馳せずにはいられなかった。
ある日、いつものように真尋のことを考えながら、柊太は休み時間に廊下に出て窓の外を見下ろしていた。すると、眼下に見覚えのある人影を見つける。体操服を着て校舎に戻ろうとしている真尋だ。ちょうど体育の授業が終わったところなのだろう。
(!!)
つい今しがた真尋のことを思い浮かべていた柊太は、当の本人の姿を見つけてにわかに心臓を跳ね上がらせる。それでも、柊太は真尋から目を離せずにいた。
(体育のときでも眼鏡外せないんだな……)
そして柊太が、校舎に向かって歩く真尋をずっと見送っていると、その姿が消える直前でふと真尋が顔を上げて窓の方を見た。柊太たち1年の教室は、クラス棟――西棟の2階にあるが、真尋の視線はばっちりそこを捉える。
その結果、柊太と真尋の視線はかつん、と合ってしまった。その瞬間、柊太の心臓はさらにどくん、と跳ね上がり、激しく脈打つ。同時に、顔が信じられないくらい熱くなるのを感じていた。
何かアクションを起こさないと、と思った柊太は、真尋に向かって手でも振ろうと思ったが、真尋はすぐにふい、と視線を反らせて校舎の中に入ってしまった。
(な、何だこれ。おれ、そんなにびっくりしなくてもよくね?)
まだ収まらない心臓の音を鎮めるべく、柊太は大きく深呼吸をして教室に戻った。
その後も、柊太の頭の中から真尋が離れることはなかった。先日、透留の話を聞いて、
「真尋先輩を楽にしてあげたいです」
などと大口を叩いたはいいものの、実際にどうすればいいのか柊太には皆目見当もつかない。真尋に他人の思考までを読む力がなくて、本当によかったと柊太は思った。
(真尋先輩は、『好きなことやる部』の人たちと出会って、ちょっとは楽になったのかな……。でもおれは超能力者じゃないから、あの人たちの仲間にはなれない。おれが真尋先輩の心のよりどころになることは、できない……)
柊太は、改めて自分の無力さを痛感していた。自分も、「好きなことやる部」の面々のように超能力を持っていたら、真尋の気持ちに少しでも寄り添えただろうか。
そんなことを考えていると、あっという間に放課後になった。柊太は、今日1日何をやっていたのか全然思い出せない。覚えているのは、休み時間に真尋と目が合ったあのときのことだけだ。
(何でこんなに真尋先輩のことばっかり考えるんだろ。透留先輩があんな話をおれにするから……)
頭の中でぶつぶつ独り言ちながら、柊太は東棟にある「好きなことやる部」の部室のドアを開けた。すると、
「おっつー柊ちゃん!」
という理樹の明るい声に迎えられ、柊太の心は若干和んだ。
「おう、来たか柊太!」
理樹に続き頼も声を上げると、
「理樹先輩、頼先輩。今日も外に出て特訓しますか?」
と柊太は問いかけた。すると理樹がそれに答える。
「んー、何か毎日やってるとしんどくなってきちゃってさぁ。休息も必要だよ」
「やっぱり、柊太がコントロールしてるとはいえ、急にでかいチカラ使うとオレらの体力も消耗すんのかなーって」
頼は、大きな体を曲げて机に突っ伏して顔だけ柊太の方に向けている。
「あ、そうなんですか……。ちょっと無理させちゃいましたかね?」
柊太がそう言うと、
「柊太くんのせいじゃないよ。理樹くんと頼くんに耐性がないだけ」
と、いつもの右側の席に座っていた透留が加わった。
「ちょっと透留、ぼくたちをなめないでよ。ぼく、体力は自信あるんだから。去年のマラソン大会3位入賞だよ?」
理樹がそう口を尖らせると、
「球技大会のサッカーで、うちのクラスを学年トップに導いたオレの黄金の右脚に向かって失敬な。口を慎め」
と頼が鼻を鳴らす。
「確かに、お2人ともスポーツできそうですもんね」
柊太が少し尊敬の念を持って理樹と頼を見ると、2人は「そうだろそうだろ!」と言って柊太と肩を組もうとする。
しかし、柊太はそれをすんでのところで止めた。
「ちょっと待った!おれ、まだ日常生活でまであなた方のチカラのコントロールできないですから!」
柊太が自分の胸の前で両手を出して2人を阻止すると、
「あ、そっか」
と2人ともあっさり引き下がった。
「でもよ透留、オレたちに耐性ないって言いながら、一番もやしなのお前じゃん」
頼は、自分たちを否定されて心外なのか、攻撃の矛先を透留に向ける。
「体力を使う必要がないなら、使わなくていいんだよ。その分頭が働けばね」
透留は、自分のこめかみに人差し指をツンツン、と当てるジェスチャーをすると、
「それはオレに対する挑戦か!?」
と頼が悔しそうに机を叩いた。
「頼、勉強はからっきしだからねー。3学期の期末テスト、後ろから数えて何番目だっけ?」
そう言って理樹は、頼の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「おい理樹、お前もケツから2番目のオレをバカにしてんのか!そうだろう!?」
自分の頭を撫でている理樹の手を掴み、頼は机の上に自分の足をどん、と乗っけた。
「はいはいそこまで。部室の物壊したら弁償じゃ済まないよ。僕たち、ここ使う許可取ってないんだから」
透留がそう頼をたしなめると、頼は慌てたように「やっべ」と机の上の足をどける。
いつものように、ここでは騒がしい光景が繰り広げられている。しかし柊太は、どこか寂しいものを感じていた。いつもの誕生日席に座っている真尋が、さっきから一言も発していないのだ。普段から口数が多くないとはいえ、頬杖をついてあさっての方向を向いている真尋は、やはりいつもと少し様子が違っていた。
すると、理樹がそろり、と真尋に近づいて間近でじっと顔を見つめる。しかし、その気配に真尋は全く気付いていない。それを確認してから、理樹は真尋の鼻を思いっきりつまんだ。
「いった!」
「やったー!真尋の鼻ムギュ、いただきましたー!」
理樹が両手を上げて喜んでいると、
「くっそ……。俺としたことが理樹ごときに……」
と真尋が悔しがる。
しかし、そんな真尋に頼が不思議そうに指摘をした。
「でもよ、普段の真尋ならあそこまで近づいてる気配ぐらい気付くだろ」
「確かに、理樹くんに鼻を取られるなんて、ちょっとぼーっとしてるかな~、真尋くん」
頼の言葉に、透留も同意する。
「何それ、ぼくの気配はすぐにバレるってこと?」
理樹がそう文句をこぼすと
「お前、何か気配がわちゃわちゃしてんだもん。オレでも半径3mで気付くわ」
と頼が言った。すると透留が、何を問うでもなく、遠慮がちに呟く。
「真尋くん……?」
「……ちょっと考えごとだ」
真尋は、理樹につままれた鼻をごしごしとこすりながらそう言った。
柊太は、そんな真尋を少し心配げに見つめる。
(やっぱり、この間の弦田さんっていう人に関係あるんじゃ……)
そんな柊太の視線に気づいたのか、真尋は横目で柊太を捉える。その瞬間、柊太は胸を跳ね上がらせてしまうが、真尋はまた視線を柊太から反らした。
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