6

 それは、透留たちが成沢高校に入ってしばらく経った夏あたりのこと。

 ひょんなことから出会い、お互いを超能力者と認識した透留と理樹、頼は、校舎の一角の空き部室を使って好き勝手に超能力を使って遊ぼうと思いついた。「好きなことやる部」の始まりだ。

 そのきっかけは、透留がクラスの友人と話していて「そういえば君、宿題忘れてきたから見せてって僕に頼むつもりだよね?」と、友人が何も話していないのに言い当ててしまったことに端を発する。

 この出来事以降、友人に何か腫れものに触るような視線を向けられて、透留の中で自分のチカラを疎ましく思う気持ちが大きくなっていた。そんなとき、中庭の人目につきにくいところで、雑草をチカラで引っこ抜いたり電気で燃やしたりして地味に遊んでいる理樹と頼に出会ったのだ。

 一方、透留は同じクラスのある少年のことが気になっていた。いつも教室の端で黙り込んで、誰を寄せ付けることもなく1人でたたずんでいる。それが真尋だ。

 最初は、周囲に興味がないだけかと思っていたが、ふとしたときに見せる表情は眼鏡の奥で険しく曇っていることもある。その様子は、何かに耐えているようにも見えた。

 透留は、気が付けば何かと真尋に話しかけるようになっていた。それでも真尋は、「うん」「ああ」と生返事をするだけで、会話してくれようとしない。

 そんなある日、透留は教室から真尋が出ていこうとするのを見た。実はこのとき、透は真尋が「屋上の方へ向かう」と予知している。しかし、何とかして話すきっかけを作ろうと、透留は真尋に声をかけた。

「楠見くん、どこ行くの?」

 すると真尋は、

「……関係ない」

とだけ言い捨てて、さっさと歩いていってしまう。

 とはいえ、透留にはすでに真尋の行き先が読めている。そのため、屋上までゆっくりと真尋の後を追うことにした。

 真尋から少し遅れて、透留は屋上に出るドアの前までやってきた。そして透留がドアを開けると、夏の暑さを少し和らげる風が吹き抜けた。

 その風を透留が心地よく感じていると、頭の中に声が響いてくる。

『何だあの皆月とかいうしつこいやつ……。頼むから放っておいてくれ』

 透留が屋上を見渡すと、左の隅の方で眼鏡を取って拭いている真尋の姿が目に入った。

 これがテレパシーであることを一瞬で察した透留は、真尋に突然言葉を投げかける。

「楠見くん!君も超能力者だよね?」

 その透留の声に、真尋はあからさまに体をビクッ、と震わせて透留の方を見た。そして、慌てて眼鏡をかける。

「お前……。いつからそこにいた」

 真尋が声のトーンを下げて問いかけると、透留は「ちょっとだけ前だよ」と答える。すると真尋は、

「さっきの……聞こえていたんだな」

と透留を睨みつける。

「うん、ごめんね」と透留が言うと、真尋はさっき透留が言った言葉を繰り返した。

「お前、『君も超能力者』って……」

「僕のチカラはプレコグニション。君が屋上に来ることも、僕が教室で君に話しかける前からわかってたよ」

「……ふぅん。で、俺に何の用だ」

 真尋は、特に驚く様子もなくそう言うと、透留はゆっくりと話し始める。

「楠見くんは、自分の思考が相手に伝わっちゃうタイプなんだね。……これまで、いろいろ大変だったでしょ」

 透留が柔らかく微笑んでそう言うと、真尋は眼鏡のつるをくい、と上げた。

「お前に何がわかる」

 そう真尋が言い放っても、透留が引き下がることはない。透留は、真尋のテレパシーに気付いた上での推測をぶつけた。

「もしかして、自分の思考が漏れるのが嫌で、人を遠ざけてたんじゃない?」

 透留のその指摘に、真尋はわずかに目を見開いて息を飲んだ。そしてさらに透留は続ける。

「ずっと気になってたんだ。君が何でそんなに人を寄せ付けないのか。……自分が伝えたくないことまで人に伝わるのが、怖かったんだね」

 どこか腑に落ちたように透留が言うと、

「お前、俺のさっきの思考聞こえたんだろ?聞こえたならもうはばからずに言うが、俺のことは放っておけ。構われると面倒なんだよ」

と真尋が顔を背けてまた眼鏡のつるを上げる。

 その真尋の言葉と、時折見せる真尋の苦しみに耐えるような表情は矛盾している、と透留は思った。

「僕には君が苦しそうに見える。自分を押し殺して過ごすのは嫌だって。でも、そうしなきゃやってけないって」

 透留のその言葉に、真尋は目を伏せてぎりっ、と唇を噛みしめた。そして両手に握られた真尋の拳は、かすかに震えている。そんな真尋を見つめて、透留はすっ、と手を差し出した。

「ねぇ、僕たちの仲間にならない?それぞれのチカラは違うけど、『チカラを持ってる』仲間ってだけで、きっと少しだけ楽になれるよ」

 真尋はしばらく黙り込んで、差し出された透留の手を見つめていた。その後、恐る恐る真尋の手が透留の手に伸び、その手を透留はがっしりと捕まえたのだった。


 そこまで話した透留は、どこかつきものが取れたようなすがすがしい顔をして、ドリンクコーナーに足を運んでミルクティーを手に取った。そして、

「そんなわけでさ、真尋くんは過去に何か自分のチカラで傷つくようなことがあって、頑なになってるんじゃないかなって……」

と柊太の方を向いたとき、透留は思わずぎょっとしてしまった。そこには、頬に涙を伝わせている柊太の姿があったからだ。

「ちょ、柊太くんどうしたの!?」

 透留が慌てて自分の学ランのポケットからハンカチを探そうとすると、柊太は鼻をぐずぐずいわせながら、

「そんな……そんなの辛いです……真尋先輩……」

と呟いた。そして柊太は、あることに気付く。

「真尋先輩が、自分のチカラで好きなことできないのに『好きなことやる部』にいるのって、好きなことしたいからじゃなくて」

「そういうこと」

 柊太の指摘に、透留は微笑んでうなずいた。

(真尋先輩にとって、『好きなことやる部』は苦しさを和らげるたった1つの場所なんだ……)

 そう思った柊太は、また視界を曇らせかける。

「チカラを増幅させる柊太くんは、真尋くんにとってはもしかしたら脅威かもしれない。でも、柊太くんが僕たちのチカラを理解してくれるなら、真尋くんが押し殺してる気持ちを受け入れてくれるんじゃないかなって思うんだ」

 そう言った透留は、やっと見つけた自分のハンカチをポケットから取り出して、柊太の涙と鼻水を拭った。

「お、おれ……何ができるかわからないですけど、真尋先輩を、楽にしてあげたいです……」

「うん、その言葉を待ってた」

 透留は、どこかほっとしたように言うと、急にはっとした表情に変わった。

「いっけない、話し込んじゃったね。もうすぐ3人がご立腹で乗り込んできちゃうよ」

 どうやら、透留は外でドリンクを待ち構えている3人の様子を読み取ったらしい。すると柊太は、透留からハンカチを借りて顔をごしごしと拭った後、

「じゃ、早く行かないとですね!」

と精いっぱい笑顔を作った。

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