2章
1
柊太が入学初日に変な超能力者集団と出会ってから、数日が過ぎた。
自らを「好きなことやる部」と称する彼らは、部室や特別教室が入る校舎――東棟の一番奥の部屋で、毎日集まって過ごしている。
この「好きなことやる部」に引っ張られた柊太は、数日彼らのことを見ているものの、ここでは部活動らしいことは一切行われていない。
何かしているといえば、それぞれが持つチカラを使ってさまざまな遊びに興じているくらいだ。
「次、理樹の番だぞ」
「えー……どうしよっかなー……」
理樹と頼がやっているのはオセロだ。向かい合わせに置かれた机の上に盤を置き、対面した状態で2人が盤とにらめっこしている。そして透留は部室の入口から見て右側に座り、奥の誕生日席では真尋が頬杖をついてそれぞれ対戦の様子を見ていた。
そして理樹はしばらく考えた後、
「うーん、じゃあこれ」
と言って、理樹が盤の中ほどにある石を手で触れることなく浮かせて動かし、白が表になっている石を裏返して黒を上にし、隅に置こうとする。すると、その場所からわずかにビビッ、と稲光が走り、石を弾き返してしまった。
「ちょっと頼、電気ではねのけるなんてずるくない?」
「だってよ、そこ取られたらオレもう終わりじゃん!」
そうやって、微小な自分のチカラを使ってオセロで遊ぶ2人を、透留は微笑ましく眺めている。
「頼くん、そんなことしたら、自分の弱みをわざわざ敵に見せつけてるみたいなもんでしょ?ほんと君は、対戦に向かないねぇ」
透留のもっともなツッコミに、
「そんなこと言ったって、負けたくねぇもん!」
と頼は口を尖らせた。
その様子を見ていた真尋は、透留の動向をよく観察していたようだ。
「透留、お前ちょっと前から頼があの場所に帯電させると気付いていただろう?」
「うん、頼くんが策を講じる前からわかってたよ」
透留がにこやかにそう答えると、理樹が透留に抗議した。
「えー、そんな予知してたんなら教えてよ透留ー!」
しかし、透留は笑顔を崩さず、
「勝負の世界は当事者同士のみで繰り広げられるもの。僕が口出しできる余地なんてないよ」
と言った。すると頼が、若干ばつが悪そうな顔をしながらもこう言う。
「そんなこと言って、単にオレの手に理樹がいつ気付くかニヤニヤしながら見てただけだろ」
その頼の指摘は透留にとって図星だったようだが、それでも透留は、
「すでに僕が知っていることを人がいつ気付くか見守るのって、楽しいんだよねぇ」
と、少し意地悪な笑顔を浮かべて言った。
「予知能力をそんな悪趣味に使うな」
そう言って、真尋は小さくため息をつく。
この一連のやりとりを見て、柊太は「地味だ……」と思った。
超能力といえば、大小問わずあらゆるものを自在に操ったり、石を穿つほどの電気攻撃を放ったり、数十年先の未来を見ることができたり、人の思考を鋭く読み取ったり……など、とにかく派手なものを想像しがちだ。しかし、この「好きなことやる部」の面々は、実に小さなチカラをこせこせと使って日常を過ごしている。
「それにしても、いつもの小さいチカラならある程度はコントロールできるんですね」
そう柊太が言うと、透留が答えてくれる。
「理樹くんと頼くんはね。でも僕は、不安定だけど1分後に自分たちに何か来ることが勝手にわかっちゃうし、真尋もコントロールはできないみたい」
「あ、そっか。だから眼鏡」
柊太がそう呟くと、真尋は片手の親指と中指で眼鏡の両側を持って無言でかちゃ、とかけなおす。そして次に、頼も話に加わった。
「だから、お前に触ったときみたいに誰かに触っただけでチカラが発動するなんて、普段はねぇことなんだよ」
「そうなんですか……」
柊太は、人によって発動の加減がちょっとずつ違うことに多少納得をした。その上で、彼らに感じている疑問を投げかける。
「でもこんな微妙なチカラなら、わざわざ『好きなことやる部』なんて作らなくてもよかったんじゃないですか?」
「柊ちゃんは何にもわかってない!こんな小さなチカラでも、実際人に見せると気味悪がられるんだよ?」
この柊太の疑問に、理樹が反論した。
「そうそう。だから、日常ではできるだけチカラが発動する要因を避けて、この部室にいるときだけ『好きなこと』をやってチカラを『好きなように』使おうってこと」
理樹の言葉に補足するように、透留はそう付け加えた。
(そっか……。この人たち、チカラがあるからって気味悪がられたりすることあったんだ)
柊太は、4人と一緒に数日過ごすうちに、この状況にわりと慣れてしまった。それでも、小さいとはいえ非日常的なチカラを持つこの人たちを、未知の生物として敬遠する人もいるかもしれないな、ということは何となく想像できる。
(こんな部を作って集まる場所を作らないと、生きにくいってことなのかな)
そんなことを思いながら、柊太はそれを口に出さずに別の言葉を発した。
「それにしても、『好きなことやる部』ってダサくないですか……?」
柊太は、そのネーミングにいささかしっくりこないものがあるらしい。すると真尋が、
「俺たちがわかれば何でもいいんだから、そのあたりにこだわる必要はない」
と答える。それでも、柊太の疑問は続いた。
「そもそもここ、部として認可されてるんですか?」
すると理樹が当然のように、さらっと返す。
「されてるわけないじゃん」
「えっ、じゃあ部って勝手に名乗ってるだけなんですか?」
柊太がさらに疑問を上乗せすると、
「だから、部の認可を受けるためには何の活動してるか言わなきゃいけねぇだろ。『超能力を使う部です!』って言うんかよ?」
と頼が口を尖らせる。
「はぁ……」
柊太は、どこか腑に落ちたような落ちないような、複雑な気持ちで声を漏らした。そんな柊太を見て、透留が柔らかな口調で言う。
「『好きなことやる部』のことは公にしてないから、みんな存在すら知らないと思う。だからこそ、普段はチカラを周りに見せられない僕たちが、唯一自由でいられる場所なんだよ」
その透留の言葉を聞いて柊太は、
(この人たち、けっこう肩身の狭い思いしてるってことなんだな)
と改めて気付いた。
「その点、柊ちゃんはすごいよね!ぼくたちに会ったその日から状況を飲み込んでくれたんだから!」
そう言って、理樹は柊太の肩に触れる。
「ちょ、理樹先輩!また浮きますから!」
柊太は、理樹の力で足が床から浮いてしまった自分の体がコントロールできずに慌てる。すると理樹は、
「ああ、忘れてた。ごめんごめん」
と軽く言って柊太から手を離した。
さっきの理樹の言葉を聞いた真尋は、黒縁眼鏡の真ん中のつるを中指でくい、と上げて考え込んだあと、こう言った。
「多賀谷のメンタル面での順応力の高さも、俺たちの力に関与できる一因かもしれないな」
(まぁ、順応力高いっていうか、考えるの面倒っていうか……)
柊太は、自分の順応力について心の中で注釈をつける。
「あーなるほどな!やっぱり、柊太を迎え入れて正解だったってことか!」
真尋の言葉に続いて頼が言うと、
「だって、あの共鳴を一緒に感じたんだから、柊ちゃんがただ者じゃないって最初にわかったもん」
と理樹が同意する。
「だからって、頼先輩に引っ張り込まれたときは恐怖でしたけどね……」
柊太は、入学初日に「好きなことやる部」に引き入れられたときのことを思い出す。そのときは混乱していて気づかなかったが、今考えると知らない人に突然引っ張られて知らない部屋に放り込まれることは、それなりに恐怖を感じるものだ。
「ごめんねぇ柊太くん、うちの頼くんが乱暴なことを。根は優しい子なんだよ~」
透留は、にっこりと笑って柊太に詫びを入れる。
「透留先輩って、ほんとにお母さんみたいですね……」
柊太が何とはなしにそう言うと、理樹が「じゃあお父さんは?」と無邪気に柊太に問いかける。その答えは、柊太の頭にはすぐに思い浮かんだ。
「それはやっぱ、真尋先輩ですよね」
この柊太の言葉を受けた真尋は、
「誰が頑固親父だ」
と眉間にしわを寄せながらまた眼鏡のつるをくい、と上げる。
柊太はその真尋の返しに、
(頑固っていう自覚はあるのか……)
と思いながらも口にするのを憚っていると、頼が代弁するように言う。
「真尋、お前自分が頑固だってわかってんじゃねぇか」
ああ、やっぱりみんなおんなじこと考えるんだ、と思いながら柊太が真尋の方に目をやると、真尋は恨めし気に頼を見た後、ふい、と横を向いてしまった。
(あ、今のちょっと子供みたい。こんな顔もするんだ、この人)
柊太は、そんな真尋の表情につい頬を緩める。その柊太の様子を、透留が目を細めて眺めていた。
すると、理樹が突然話の流れを切るように口を開く。
「あのさー、ぼくずっと考えてるんだけど」
「どうしたの?理樹くん」
透留がそう問いかけると、理樹は話を続けた。
「さっきさ、やっぱりぼくが柊ちゃんに触ったら浮いちゃったじゃん」
「そうですね。理樹先輩に触られる度に浮いてたら、おれ大変です」
柊太は、おそらく性格的にスキンシップを多く取るタイプであろう理樹とのコミュニケーションに、いささか不安を覚えていた。
「でっしょ?だから、柊ちゃんのチカラでぼくたちのチカラが増幅されるのをコントロールする練習とかした方がいいかなって」
理樹が提案すると、それに頼が乗っかる。
「そうだな!コントロールできるようになれば、オレも柊太に感電させずに別方向にチカラを働かせられっかも!」
その提案に、透留も興味深げに身を乗り出した。
「もしかして、柊太くんに向かって働くチカラを抑えることができれば、別方向へのチカラがさらに大きくなる可能性もあるかもね」
「え、それって……おれは、みなさんがチカラをコントロールできるまで人身御供になるってことですか?」
柊太がにわかに、さー……っと血の気を引かせると、
「……やってみる価値はありそうだ」
と真尋が横目で柊太を見た。
「マジですか……」
柊太は、真尋の表情に不穏なものを感じながら、その流し目がどこか妖艶にも見えて背筋をぞくっ、と震わせる。
しかし一方で、また面倒なことに付き合わされるのか……と思い、柊太はため息をつくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます