3
「ちょ……!」
文字通りその部室に「転がり込んだ」ような形になった柊太は、自分を浮かせていた何らかの力から解放されて、つんのめるように前に倒れかかる。それと同時に、さっきまでの謎の重力はなりを潜めた。
「お、収まった……」
柊太は、これまでに味わったことのない感覚から解放された安堵で、その場に膝から崩れ落ちてしまった。そんな柊太を見た理樹は、
「ぼくたちだってビビったんだからー!」
と自分の胸に手を当てる。
柊太は、何が起こったのかわからないながらも、重力が収まったところで1つため息をつき、自分が通された部室の中を見る。
そこは予想通りあまり広くない空間で、机が縦一列に並んで一番奥が誕生日席のようになっている。そして、スペースとしては人が5人入ればいっぱいぐらいの余裕のなさだ。
この部室の中には、さっきドアから出てきた少年――理樹・頼、そして、並んだ机の右側に座っている物腰柔らかそうな少年が1人。そして、奥の誕生日席にもう1人少年が座っている。つまり、この部室には柊太を入れて5人がいっぱいに収まっているわけだ。
「いらっしゃい、ようこそ。さっき僕が感じたお客さんの来訪は、君だったんだね」
そう言ってにこやかに柊太を迎えたのは、右側に座っている彼だ。Yシャツのすそを出して、学ランを適度に着くずしている。
「透留(とおる)、この人ぼくたちと同じ気配を感じてたんだよ!ただの客人じゃないかも」
理樹は、穏やかに笑う透留と呼ばれた彼に注意喚起した。
そんなことより、と柊太は目を見開いた。一番ドアから遠い誕生日席、柊太の正面にいる人物に見覚えがあったからだ。
「あ、あなたは、今朝の……」
柊太が正面の人物に声をかけると、彼は訝しげに黒縁眼鏡の端をくい、と上げた。
「……どこかで会ったか?」
「は、はい!今日校門入ったとこでぶつかっちゃって……」
柊太の目の前にいる彼は、紛れもなく今朝登校中にぶつかってしまったあの人物だ。
眼鏡の奥にある涼やかな風貌を、見間違えるはずがない。そしてよく見ると、彼は学ランのカラーの上まできちんと留めて、厳格な空気を漂わせていた。
柊太が彼との再会に驚いて呆然としていると、彼は
「ああ、あの前方不注意のやつか」
と言って顔をしかめた。
「その節は、すみませんでした……」
そう言って柊太が頭を下げると透留が、
「何、知り合いなの?真尋(まひろ)くん」
と、黒縁眼鏡の――真尋に話しかける。
(真尋、くん……いや、先輩かもしれないしな)
そう柊太が頭の中で反芻していると真尋は、
「勝手にぶつかられただけだ。何でも知り合いにしようとするな」
と言葉を返した。
「それにしても、何だったんだろーねーあの重い気配」
そう言って話題を変えたのは、理樹だ。
「お前、何か知ってんじゃねぇのか」
頼は、まだ床に崩れ落ちている柊太に睨みを利かす。しかし、柊太には身に覚えが全くないため、
「そ、そんなの知るわけないじゃないですか!おれだってわけわかんないですよ!」
と返すほかなかった。
「うーん……。でも、今は収まってるもんね。何か別のチカラが働いたのかも……」
透留があごに手を当てて考え込んでいると、
「しかし、この男も気配を感じたと言っているんだから、俺たちと無関係ではないかもしれん」
と真尋が言って柊太を一瞥する。
「ほんとに何も知らないんですって……」
柊太は、入学早々何か面倒なことに巻き込まれてしまった、とため息をついた。妙な重力を感じたこと自体、平凡に生きている柊太にとって脅威ともいうべき事態だったのに、今、目の前で4人の変な人たちに絡まれているのだ。
そして、しばしその場がしん……と静まった後、
「あっ!」
と頼が大きな声を出して、沈黙を破った。
「わっ、何だよ頼、急に大声出さないでよ!」
理樹が耳を押さえてそう抗議するのも聞かず、頼は話を進める。
「聞いたことねぇか?チカラを持った人間の集団同士が近づくと、まれに共鳴することがあるって」
「共鳴……。そういえば、そんな話もあった気がするねぇ」
透留は、頼のその言葉に共感したように言葉を発した。
「しかし、それはチカラを持つ人間を集めたときの話だろう。俺たちは集団だが、この男は1人だぞ」
そう言って、真尋は柊太をあごで指した。
柊太は、自分がまだ床に手をついていることに気づいて、膝を払いながら立ち上がると、
「こら真尋くん、人をあごで指すんじゃありません」
という透留の声がのんびりと響いた。
「構わん。この男、見たところ新入生だろ」
真尋が柊太の学ランのカラーにある学年章を見てそう言うと、他の3人が少しざわついた。
「あ、そっかー今日入学式!」
と理樹が言うと、
「ついにオレらも先輩かー!この日を待ってたぜ!」
と頼が感慨深げに拳を握る。
そんな彼らを尻目に、真尋は冷静な言葉を放った。
「お前らが先輩面など片腹痛いな」
その言葉に、理樹が口を尖らせる。
「真尋ー、ぼくたちみんな2年になって先輩って呼ばれるんだよ?嬉しくない?」
すると真尋は全くトーンを変えずに、
「別に。単に年下が増えるだけだ」
と言い放った。
そんな彼らの様子を見守っていた透留が、話をもとに戻す。
「それにしてもさっきの頼くんの話……。もしかして、チカラを持った集団同士じゃなくて、個人が集団と同等のチカラを持ってるとしたら……?」
「は……?チカラ……?」
柊太が、その言葉の意味がわからず呆然としていると、
「こいつがそんな強大なチカラ持ってるっていうのかよ?」
「そんな風には見えないなぁ。見たところ、普通以外の何者でもない感じだよ?この人」
と、頼と理樹が口々に言う。今、この2人に自分はディスられているのだろうか、と柊太は思った。
すると透留は、そんな2人をたしなめるように言う。
「君たちだって、別に特別な見た目じゃないでしょ。オーラがあるわけでもないし」
「オーラがない、は何か傷つくー」
理樹がそう拗ねるのを尻目に、頼は何かに気付いたように表情を変えた。
「……ちょっと待て」
「何だ?頼」
真尋がそう問いかけると、頼はこう続ける。
「そういえばさっきこいつの腕掴んだとき、『ビリビリする』って言ったんだよ。オレ、今まで人に感電させたことねぇのに」
頼が柊太の方を見ながらそう言うと、
「そ、そうですよ!あれ何なんですか?そこそこ痛かったんですから!」
と、柊太が返す。
「あ、そういえばぼくもさっき、この人を押そうと思ったら体ちょっと浮いたよね?」
頼の言葉を受け、理樹も先ほどの現象を思い出したようだ。すると柊太もそのときのことに気付いた。
「はい、変な重力で体が地に沈むかと思ったのに、急に宙に浮いて……」
「だよねー!ぼく、文房具より重たいもの動かしたことないよ?何で動いたんだろ?」
理樹が不思議そうに言うと、ゆっくりと口を開いたのは真尋だ。
「それは……お前らのチカラが増幅されたんじゃないのか?」
「あー、増幅かぁ。たまにできる人いるっていうね。もし彼にそんなチカラがあるとしたら、僕たちと共鳴しても不思議じゃないかも」
真尋の言葉に、そう言って透留が乗っかる。
「さっきからチカラとか共鳴とか増幅とか、何のこと言ってるんですか?」
彼らの会話は、柊太には全く意味が把握できない。少しでも状況を理解しようと、柊太は彼らに問いかけた。
「どうするー?説明する?」
理樹がそう言うと、
「僕たちが招き入れたんだから、きちんとお話するのは筋だね」
と透留が返す。
「しゃーねぇなぁ。こいつ、やっぱりオレたちのチカラに関係ありそうだし」
頼が腹をくくったように言うと、柊太はこれから何か自分の知らない世界を知らされるような気がして、襟を正した。
そして、すぅ、と息を1つ吸って真尋が話し出す。
「よく聞け。ここにいる俺たちは、全員超能力者だ」
その言葉に、柊太は思考が追い付かずにしばし沈黙した。そして、
「…………は?」
と、やっとのことで声を絞り出す。
今、何て言った?超能力?そんなの、実在するわけ……。柊太の頭は真尋の言葉についていけず、「?」ばかりが頭に浮かんだ。そんな柊太をよそに、真尋は話を続ける。
「そこにいる友野(ともの) 頼は、自ら発電するエレキネシスを持つ」
「っつっても、金属とか繊維とかに発生する静電気に毛が生えた程度だけどな」
そう言うと頼は、自分の指先からビビッ、と小さな稲光を発して見せた。
「えっ……。人から放電してる!?」
柊太が驚くのを尻目に、真尋の説明は続いた。
「その隣の蕪木(かぶらぎ) 理樹が持つのは、サイコキネシスだ。お前を押したときに体が浮いたのは、おそらく理樹のチカラによるものだ」
「でも、普段はこれくらいしか動かせないんだけどねー」
そう言って理樹は、「えい」と言って机の上に置いてあったオセロに向かって手をかざすと、盤上の石がカチャカチャと動いた。
「嘘、人の手が触れてないのに!?」
その様子に柊太が目を丸くしていると、
「それで、そこに座っている皆月(みなづき) 透留は、プレコグニションを使う」
と真尋が説明した。
「え、何ですか?プレ……」
おぼつかない言葉で柊太が問いかけると、透留はにこやかに答えてくれる。
「予知能力だね~。君がここに来ることは1分前に予知できてたけど、君が何かのチカラを持ってるとか、君が来ることでどうなるとかまではわかんないんだな~」
「はぁ……」
矢継ぎ早に紹介される彼らの能力の説明を、柊太は納得しようと必死だった。超能力の存在なんて日常生活で意識することなど皆無だったが、実際に目の前で見せられたら飲み込むほかない。
とはいえそれぞれの能力は、柊太が持っていた超能力の強大なイメージとは違い、実にささやかなものばかりだ。
「それ、ほんとなんですか……?」
柊太が恐る恐る聞くと、頼が少し苛立ったように言う。
「お前、今の俺らのチカラ見てただろ。何だ、思ったよりしょぼいとでも思ってんのか?」
「いえ、そうじゃなくて!」
柊太はにわかに否定しようとするが、実際のところは驚き半分と、頼の言うとおりの気持ち半分だ。
何にせよ戸惑っている様子の柊太を見て、真尋は小さなため息をついた。そして真尋は、最後の言葉を続ける。
「そして俺、楠見(くすみ) 真尋は……」
さっきまですらすらと説明を続けていた真尋の言葉が、急に詰まる。すると横から、透留のフォローが入った。
「真尋くんは、テレパシーのチカラを持ってるんだよ」
「テレパシー、ですか……」
柊太は、その言葉を受けて真尋をまじまじと見た。すると真尋は、顔をしかめて柊太のまっすぐな視線からすい、と目を反らす。それでも真尋は、自分のチカラについて自ら説明すべく、横を向いたまま口を開いた。
「実際には、自分が特定の人物に対して強く思ったことだけが相手に伝わる。そして、相手の思考は読むことができない」
真尋がそう説明すると、柊太の頭には不意に今朝のことが思い浮かんだ。
「あっ、今朝ぶつかったとき、頭の中で声がした気がします!」
そう、今朝柊太が真尋にぶつかったとき、
『いった……。どこを見て歩いているんだこいつ』
と確かに頭の中で声が響いた。
「あれ、耳で聞こえた声じゃないなと思ってたんですけど、あなたの心の声だったんですね!」
柊太が、あのときのことを腑に落ちたように言うと、
「……ああ、眼鏡が落ちて思考がバレたのか」
と真尋が言う。
「眼鏡……。あ、そういや拾いましたね、おれ」
柊太のその言葉に、真尋は言葉を続けた。
「眼鏡がないと、特定の人物への思考がほぼそのまま伝わってしまうからな」
「真尋くんは、人に余計な思考が伝わらないように、普段は眼鏡をかけてるんだよ」
真尋に続いて、そう解説してくれたのは透留だ。
「はぁ……。でもその眼鏡、テレパシーを抑えるような特別なものなんですか?」
柊太が興味深げにそう聞くと、真尋は、
「いや、ただのブルーライトカット眼鏡だ」
と答えた。
「えっ、そんなんでいいんですか?」
柊太は、真尋のチカラを抑えるアイテムがごく普通のものと知って拍子抜けしてしまった。そんな柊太に、真尋は視線を戻して答える。
「俺たちのような微力なチカラしか持たない者には、効果があるなら普段使えるもので十分だ」
その真尋の言葉に、柊太は「なるほど……」と頷いた。気が付けば、柊太は彼らが何らかのチカラを持っていることに、少しずつ順応しつつある。
(何ていうか……とりあえず、この人たちが初対面のおれをおちょくってるわけじゃなさそうだし……)
そんなことを考えながら、柊太は改めて超能力者だと名乗る彼らをぐるりと見回した。
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