第43話 願った日々
「バハル、もうむ……りっ!」
「なんだ、ハンナ。あともう少しだぞ。」
息は上がり、体に走る痛みで顔が歪む。バハルは優しくハンナの額に浮かんだ汗を拭う。
「もっ、もう本当に無理、痛いの、辛いの……」
うるんだ瞳でバハルを見て懇願する。
「頑張れ、あと少しなんだ。ほら、見えるだろ?」
「ほんっとに無理なんだってばああああ!!もう無理!歩けない!」
前を見るが森だ。木しか見えない
バハルとハンナは今、リハビリを兼ねて外を歩いている。意識が戻ってから2週間、毎日のようにたくさんの料理と果物が与えられたが、バハルもスラングもベッドから出ることを許さなかったのだ。たった2週間で大分体に肉が付いた気がする。バハルが見せたいものがある、と言って外に連れ出したのだ。
とはいえ、ほぼ3か月ベッドの上で過ごしたので筋力も大分落ちている。いきなり歩けなんて言われてもすぐにばててしまう。
はぁはぁ、と言う息遣いも通り越して、ぜぇぜぇと苦しそうに呼吸をする。
仕方ないな、と言いながら簡単に抱き上げる。
「ひゃっ!バハル、何を……」
「何をって、抱えなきゃ目的地につけないじゃないか。もう歩けないんだろう?」
ニッコリと笑うその顔は最初からこうなることが分かっていたかのようだ。
「むぅ、そうだけどなんか腑に落ちないっていうか。」
「まあ、しっかり掴まっておけ。」
手を首に回すように促すと、歩き出す。いや、これは歩いてるとは言わない。歩いているように見えるけれど、走ってるような速さだ。
10分ほど歩いただろうか、見えたのは家。何度も見たことのある家だ。
なぜこんなところにあるのかわからない。
ドアを開けようとすると、ガチャリと中から誰かがドアを開ける。それは懐かしくて、見慣れたもので。
「おかえりなさい、バハル、ハンナ。」
そこにいたのはエプロン姿の笑顔のスラングがいた。
そう、アルバン王国で住んでいた家がなぜかここにあるのだ。
人間の姿ではない二人だけど、それ以外は何も変わらない。
家の中に入ると台所からいい香りがする。
「さあ、入って入って」
バハルはリビングにはいかず階段を上る。二部屋ある内のハンナのの部屋だったドアを開けると、家具もすべて同じものがある。というか、これは… …
「バハルがあの家と同じものを、と命じたので、家は流石に持ってこれませんでしたが、家具はすべてアルバンから持ってきたものです。今日からこの家に私とバハルと三人で暮らしますよ。」
そう、バハル達が魔族を連れてハンナを奪還するためにアルバンに行ったとき、スラングは一人家に行って家具などすべて持ち出していたのだ。
住み慣れない魔族領で少しでも居心地がよくなるように、と思い持ってきたのだ
ぽろり
涙が流れる。拭っても拭っても涙はどんどんあふれ出て止まらない
「ふぇ……」
床に降ろされ、バハルはハンナの目の前に一輪の花を差し出す。膝を床につき、ハンナを見上げながら口を開く。
「俺は魔族、ハンナは人間。俺たちは時の流れは異なるが、お前が命尽きるその時まで大切にし、命を懸けて守ると誓う。……だから俺と結婚して側にいてほしい。」
バハルの顔はとても真剣だ。
私はたくさんのものをいつも与えられて、救われて、一体この人に返せるのだろう。
目の前にあるのは白いユリの花。私が好きだと言った花。
そっとユリを受け取る。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします。」
ハンナがニッコリと笑うと、手首を握り抱き寄せる。
「お前は俺のものだ……!!」
ちらりとスラングを見ると微笑んでいる
「ご飯準備できてますが、どうしますか?私しばらく外で時間をつぶしたほうがいいですかね?」
微笑みながら少し困ったような顔をする。なんで外で時間をつぶす必要があるのだろう?
首を傾げ不思議に思っていると
「いや、ハンナにとりあえず食べさせたほうがいい。せっかく体調がよくなってきたんだ。」
「バハル、大人になりましたね!」
「おい、俺は子供じゃないぞ」
「何を言いますか、私からすればまだまだ子供ですぞ」
ちっと舌打ちをし抱き上げリビングに戻る。ハンナを椅子に座らせ、バハルも隣の椅子に座る。スラングは机の上にどんどん料理を置いていく。並べられた料理は今まで何度も食べたことのあるものばかり。
「さあ、食べましょう」
スラングも椅子に座り、食べ始める
湯気が出ているスープを一口
「おいしい……」
ぐすっと、また涙が出る。頬を伝った涙を指で優しくなぞる相手は愛しい人。向かいには父のような母のような人がいる。
バハルがいなくなって戻ることができるのなら、以前のように三人で過ごしていたあの時に戻りたい、と願っていた。
奴隷の娘は聖女として生まれ、家族も大切な人たちもすべて失ったけれど、今家族と呼べるような人が側にいる。
バハルがいなければ地下で朽ちていたことだろう。バハルがいなければこんな幸せ知らなかった。
そしてこれからも私をきっと幸せにしてくれるだろう。
奴隷として生まれた聖女は、魔族、いや魔王に拾われた。
魔族よりもはるかに短い生でどれだけのものを返せるかわからない。
けれど、少しずつでも返せるよう命が尽きるその時までこの人の側にいよう。
そう誓い、愛する人に微笑んだ。
奴隷として生まれた聖女は魔族に拾われる。 ユキノシタ @yukinoshita007
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