第41話 ここはどこでしょう
コンコン
ドアを叩く音が聞こえる。
どれくらいたっただろうか。ずっとこのままでもいい、と思っていたが邪魔者が来たようだ。
「バハル?誰か来たよ?」
「ん?いい、ほっとけ」
「でも……」
ぎゅっと抱きしめる力をこめると、ハンナはうっと微かに声を漏らす。
がちゃりとドアが開く音が聞こえる。
「バハル殿下、早急に目を通してほしい書類が4代前の魔王の私室からってなにしてるんですか。だめですよ。ハンナが意識がないからってそんなことしてたら怒られますよ。」
ちっとバハルは舌打ちをする。
「勝手に入るな。」
「休憩がてらハンナにご飯を上げてくると言ってどれだけ経っていると思っているんですか。そろそろ執務室に戻ってください。」
「今日は戻らない。」
声の主はつかつかと側に寄り、ちらりと見る。
「なにをばかなことを、って!ハンナ意識戻ってるんですか!?」
「……スラング?」
髪も瞳も知っている色をしていないが、顔と声は変わらない。
「バハル殿下、ハンナの意識が戻っているのなら教えてくださいよ。」
「ついさっき意識が戻ったんだ。別に隠してたわけじゃない。」
「左様ですか……ああ、ハンナ。もう知っているかもしれませんが我々は魔族です。隠してて申し訳ありませんでした。」
スラングは頭を下げて謝罪する。父のような母のような優しいスラングを怒るとか許さないという気持ちなんてこれっぽちもない。
「スラング、謝らないで。怒ってなんてないよ」
「よかったです。バハル殿下、いい加減ハンナを離したらどうです?」
語尾が少し呆れたような声でバハルに言う。
「いやだ。」
「子供みたいなこと言わないでください。本当に早急に目を通してほしい書類が出てきたんで、戻ってください。私がハンナを見てますので。」
ちっと大きく舌打ちをしてハンナをゆっくりとベッドに寝かせる。文句を言いながらもちゃんとやろうとするバハル。
「ハンナ、終わったらすぐに戻るからな。」
ヨシヨシと優しく頭を撫で、おでこにキスをする。
「うん、行ってらっしゃい。」
ニッコリと笑い(笑えてるだろうか?)バハルに力なく手を振る。
バハルはブツブツと小言を言いスラングを睨みながら部屋を出ていった。
スラングは部屋にある椅子をベッドの横に置いてニッコリと笑いながら座る。
「ハンナ、今どこにいるか分かっていますか?」
「……?えっと……地下じゃないのは分かります。」
きょろきょろと広い部屋を見渡すが王宮のようなきらびやかな部屋ではなく、黒の家具ばかりの少し落ち着いた部屋だ。この部屋に似合わない白やピンクなどの家具が少し置かれている。
「ここは魔族領にある魔王城でバハル殿下の私室ですよ。」
「えっ!?」
驚いた顔でスラングを見る。こんなに広い部屋がバハルの部屋!?ということはこのベッドは……
「私室、と言ってもバハル殿下はこの部屋をあまり使っていません。ハンナと別れてから300年以上ぶりに使う部屋ですよ。」
300年??どういうこと?魔族と人間の時間の流れは違う。けれどバハルって一体……
「バハルって何歳なの?」
「バハル殿下ですか?確か今年で354歳ですね。」
おお、思っていた以上に長く生きているようだ。私は今年で16になる。やっと成人だ。
「354……って人間からすると何歳なんですか?」
「30代半ばくらいでしょうか?大体50歳で成長が止まり500を過ぎたころ緩やかに老いていく感じですね。そういう私は600歳を過ぎているんですよ」
ははは、と小さく笑いながら話すスラング。
スラングも思っていた以上に長く生きていてい驚く。それにさっきから気になって仕方がない
「あの、バハルって貴族か何かですか?さっきから殿下って言っているのが気になって……」
うーん、と少し考えるように手を顎に添える
「バハル殿下は前々魔王のご子息です。そして、現魔王でもあります。」
魔王の息子?そして現魔王?どいうこと?バハルは魔王の身でありながら私の側にいたの?
ぐるぐると頭の中をめぐり、スラングをじっと見る。
ハンナが考えていることがわかったのか、ふう、と小さくため息をつく。
「バハル殿下は魔王になるつもりはありませんでした。弟君の補佐に入るつもりでいたのです。ですがただ一つ、守りたいものができたため魔王になったのです。」
守りたいもの?魔王でなければ手に入れられない物か、大切な人でもできたのだろうか?
大切な人なら私はどうしたらいいの?でもさっきバハルはそういう相手はいないって言っていたけど……。
「ハンナ、わかりませんか?バハル殿下が守りたいものは貴女です。聖女の貴女を守るためにバハル殿下は魔王になったのです。」
私のため?私のためになりたくない魔王になったというの?
ハンナの驚いた顔を見てスラングはニッコリと微笑む。ぎっと椅子から立ち上がり、ポットとティーカップと茶葉を取り出す。以前あった魔族のライアンのようにどこかからか取り出した。こぽこぽとティーカップにお湯を入れている。湯気が立っているので暖かいようだ。
「ハンナ、もし弟君が魔王になっていたなら、力があるとはいえまだ若い弟君では抑えきれない者や従わない者もいたでしょうし、強いとはいえ他の魔族達が一気襲撃されたら負けてしまうかもしれません。
この前の戦争にハンナは参加したでしょう。魔王になった弟君がハンナに手を出さないように、と言ってももし従わない魔族達がハンナを狙いバハル殿下がハンナを守るという事もできたでしょうが、バハル殿下はあまり殺生や誰かを傷つけるという事が好きではありません。まぁ、ハンナのためなら躊躇することなく返り討ちにしそうですが。バハル殿下はこの魔族領にいる魔族がまとめてかかってきても一瞬で薙ぎ払えるような力があります、ですが、戦争で必要最低限の犠牲で留め、他の魔族達、人間達から何も文句を言われることも無くハンナを自分の手元に置く口実が欲しかったのです。」
私とそばにいるためだけ、それだけのため?魔族でもいい、と思っていたけれど、聖女の私がバハルの側にいるというのは簡単なことではなかったみたい。
ぽろり、と涙が瞳からこぼれる。
「ハンナはバハル殿下のことはお嫌いではないですか?守るためとはいえ我々は魔族です。そして人に化けて貴女をだましていたのです。」
ぶんぶんと首を振る。いいえ、バハルは守ってくれていた。私の心も守ってくれた。
「……バハルのこと好きよ。」
人は私を傷つけるだけだった。優しい人もいたけれどあの闇から二度も救い出したのはバハルだけ。
「ならよかった。嫌いと言われたら、どうしようかと思いました。バハルはハンナが人のところに戻りたいと言ったら戻すと言っていましたが、確実にストーカーになりそうな勢いだったので。」
スラングはほっと、息を吐く。よほどストーカーになるのでは?と不安だったのか、とてもすっきりした顔をしている。
スラングが手を微かに振ったかと思うとハンナの上半身が微かに起き上がる。背中にぽんぽんとクッションが置かれ固定される。
なんの魔法か全くわからないが手も使わず起きることができた。
ティーカップをすっと目の前に差し出され受け取る。レモンの香りが微かにする。口をつけ少しだけ口に入れると口の中に爽やかな味と香りが広がる。それに丁度いい熱さだ。
「おいしい……」
そういうとよかったです、と優しく微笑む
「ハンナ、とりあえず自分の体を大事にしてくださいね。バハル殿下はハンナならどんな姿をしていても狼男に変化してしまいそうなので。」
「ぐふっ!?お、狼男!?」
レモンティーと思われるお茶が変なところに入る。さすがにこんな姿をした私に手を出すことはないだろうと思っていた。
「本気で言ってますよ、ハンナ。何か嫌なことをされたら私を呼ぶんですよ?」
心配そうな顔でハンナの顔を覗き込む。
相変わらずお父さんのようなお母さんのような心配症は健在のようだ。
でもいつも通りの態度がうれしくて笑みがこぼれる。
「うん、何かあればすぐ呼ぶね」
スラングのエプロン姿はもう見れないのかと思うと少し残念だが、エプロンをつけていなくても前と同じように接してくれるスラングやバハルもいる。
久しぶりに自分で飲んだ飲み物はとてもおいしかった。
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