第40話 瞼の向こう

体が重い。瞼がくっついているかのように開かない。でも意識は先ほど戻りしっかりしている。

周りは見えないけれど相変わらずふかふかのベッドに寝かされている。ただ、違うのは掛布団が掛けられていることだろうか。

あぁ、どうせなら意識なんて取り戻したくなんかなかった。あのまま死んでしまえたらどれだけよかっただろうか。

国王にあんなことされてバハルに会えた時どんな顔をしたらいいかわからない。

もしかしたら私が意識がない間にもうすでに最後までされているかもしれない。

バハルに会いたい、けれど会いたくない。

きぃ、と静かにドアが開く音が聞こえる。

ああ、またあの地獄のような時間が始まるのだろうか。

怖い。気持ち悪い。近寄らないで。

ぎし、とベットがきしむ音が聞こえ、心臓が震える。

私が意識を取り戻したと分かったら何をされるかわからない。意識を失ったままのフリをする。

ゆっくりと頭の下に手が差し込まれ、足だろうか体をもたれさせ上半身を起こしているようだ。

何をしているのだろうと思っていると唇が重なっているのだろうか、やわらかい感触がある。

ゆっくりと口の中に少し暖かいスープのようなものが流し込まれる。

こくり、こくりと喉を通っていく。

不思議だ。なんでだろう。あんなに嫌だったキスが今は嫌じゃない。

それから数回唇を重ねスープを流し終わるとゆっくりとベッドに戻される。

少し大きな手が頬をさする。ああ、私は優しく触れるこの人の手が好きだった。これは夢だろうか?

つぅ、と涙が伝う。願いが叶うのならばあの人であってほしい。


「……ハンナ?」

ああ、遂に幻聴まで聞こえてきたみたい。

指で涙をぬぐうかのように頬を優しく撫でる。

くっついているんじゃないかと言うくらい固く閉じている瞳をゆっくりと力を込めて開く。

微かに瞳に映すあの人の姿が少しだけ違う。黒い髪、黒い瞳、角まで生えている。

でもそれでもいい。バハルであるなら、たとえ何であっても。

バハルがいなくなって私は、バハルがもしかしたらどこかの国の偉い人だったり、魔族かもしれないとも思った。でも何であってもそれでもバハルであるなら、それでいい。

どんな姿をしていても、罪人でも、どこかの国の偉い人で結婚をしていてもそれでもいい。

彼を好きでいられるのなら、それでいい。

彼を心の中で思っていられるのならそれでいい。

会いたかった人の目は今にも泣きそうな目をしている。

「……バハル、泣いているの?」

ぽたりと頬に雫が落ちる。

「ハンナ……!!」

力強く抱きしめられる。少し苦しい。でも幸せだと思う苦しさ。バハルの背に手を回したいけれどまったく力が入らない。手が上がりそうにもない。

「遅くなってすまなかった。ハンナ、お前を置いていくべきではなかった!」

スープをのませてもらったばかりだけれど、喉はひどく乾いている。喉が痛い。

「バハルは魔族?」

「……あぁ」

こめかみあたりから生えている角は魔族特有の物に間違いなかったみたい。

「助けてくれてありがとう。バハルに二回も助けてもらっちゃった。私何も返せるものないよ……」

「返せるものだと……?俺はお前がほしい。何か俺にくれるというのならハンナ、お前が欲しい。」

私がほしい?もしかして魔族って人間食べるのかな?魔力の多い人間はおいしいのかな?あ、でもそれなら最初に助け出した時に食べてるはず……

「お前、なんか違う事考えてるだろ?」

「え??」

はぁ、とため息をついていつものような顔をする。

「お前がどう思ったのか知らないが、俺の側にいてほしい、ということだ。まぁ、俺みたいなおっさんと一緒になれなんて言わない、ただ側にいるだけでいい。だ……誰かと付き合うのも俺が認めた相手だけだがな」

じっと真剣な目で見てくる。

「バハル、私バハルが好きよ。」

「ん?ああ、ありがとう。」

よしよしと頭を撫でられる。バハルも私の気持ち違う意味で理解してわかってないじゃない。

今言わなきゃきっと勘違いされたまま終わってしまう。もしかしたらバハルに奥さんがいるかもしれない。けれど、言わないのも嫌。

「違う!私、バハルのこと男として好きなの!バハルが魔族でもいいの!既婚者なら私、愛人でもいい!それでもだめなら、メイドとして頑張るから側にいさせて!」

まだ声もあまり出せないが必死にお腹から声を出す。

きょとん、とした顔をしている。言わないほうがよかったかな。言ったはいいけど振られる覚悟はできていない。

「そうか、俺が好きか……」

小さくつぶやき、顔を引き寄せる。

優しく、微かに触れるくらいのキスをする。

「俺も好きだ。ハンナ安心しろ、俺は結婚してないし、そういう相手もいない」

「ほ……本当?」

「疑うならスラングでも誰でも呼んでくるぞ。魔族に人間みたいな戸籍なんてもんはないが、結婚する時だけ互いにサインをした紙を偉い奴に渡すことになっている。魔族領すべて調べさせたっていい。」

「私をお嫁さんにしてくれるの?」

「それ以外に何があるというんだ。」

バハルは頬やおでこ、頭、首などいろんなところにキスをする。

「や……バハル何してんの」

「お前はもう俺のものだという印をだな……」

首筋をちゅっと吸い上げたかと思うと少しだけ散りっと痛む。

「バハル、やだ、恥ずか……」

はずかしい、とバハルの顔をどけようと必死に力を込めて手を上げる。

目に自分の手がうつる。ひゅっと息が止まる。

「ハンナ?」

骨と皮のミイラのような手がある。自分の手じゃない、と思いたかったがではこの手は誰のだ、という事になる。

「バ……ハル、わ、わた……」

カタカタと体が震える。バハルはなぜ震えているのか分かったかのようにミイラのようなハンナの手をそっと取り優しくキスをする。

バハルから手を離し顔を隠す。手がこんなんだから、きっと顔もひどいことになっている。

「見ないで、お願い、見ないで」

ふぅ、と浅くため息をつきハンナを優しく頭をふわりと抱きしめる。

「ハンナ、俺は気にしてない。」

「私は気にするの……」

「……ハンナ、言っておくが初めてお前を地下で見つけた時はもっとすごかった。骨に薄皮が覆っている感じだったんだぞ。」

それにな、と耳元に顔を近づける

「あんな姿をした人間に心ひかれたんだ。ハンナが俺が魔族でもいいと言ってくれたように、どんな姿になっても俺はお前が好きだ。」

「うぅっ……ぐすっ……」

「ああ、泣くな。泣かないでくれ。」

頭を撫でながらぽんぽんと腰を叩く。小さな子供をあやすかのように優しく。

「バハル、会いたかった。会いたかったの。もう置いていかないで」

「必ず約束は守る。ハンナが嫌になっても離してやらないからな。ハンナの体調が万全になったら覚悟しておけ?」

「え?」

顔を上げると、満面の笑みでハンナを見ていた。

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