第37話 この怒りの向く先

魔道師長は地下の廊下を歩いている。毎日のようにハンナの元へいっていたが、ついに昨日ハンナの意識がなくなったと先ほど言われ、自分の仕事を副師長に押し付け急いでハンナのもとへ急ぐ。魔道師長の顔もどんどんやつれ、疲れ切っている。昼間は魔道師長としての仕事をし、寝る時間をほとんどを魔法の研究をしている。


今日はまた追加で魔法をかけるようにと言われ、暗い顔でため息をつきながら地下にある扉を開ける。眠っているように見える少女はかすかに息をしているだけだ。

服は陛下が用意した服を着ているためとても生地が薄く少女のまだ熟ていない体がうっすらと透けている。意識を失ったことで必要がないと思われたのか手枷は外されていたが、少し跡が残っている。

ため息をつきながらマントを脱ぎハンナの体にかける。以前は毛布もあったのだがハンナが体に巻き付け抵抗されたため室温を魔法で安定させ毛布が必要ないようにしたのだ。

ぎしり、とベッドの淵に座り少女を見下ろす。

今日はハンナに生命維持の魔法をかける。飲食をしなくても生きていられる魔法だ。ハンナが以前掛けられていた魔法だ。これをかけてしまえば確かに生きていられる。変化の魔法で隠している本来の姿は以前のようにミイラに近い姿になっていくだろう。

すまないと何度も謝る。自分にもっと力があれば、地位があれば。

ふわりと魔法陣を描き魔法をかけていく。ふっと魔法陣が消え、持ってきたスープをスプーンですくい、口元にもっていくが口からこぼれていく。

「頼むから、飲んでくれ。」

飲まなくても生きてはいれる、だが以前のようになってほしくなくて必死に何度も何度も口に運ぶ。魔道師長は震えながらぽたりとハンナの頬に雫が落ちた



**********

部屋には聖女の姿をさせられていた奴隷の女がいる。別荘を管理しているものを呼び、人間を見ているように伝える。

「そろそろ行くか。」

ライアンを連れ別荘の外に出ると魔族がずらりと並んでいた。サーチで数を調べると5000程の魔族がそろっていた。短時間で武装した魔族がこれだけ集まればいい方だろう。前列にはスラングを中心にしジグルを含めた兄弟たちもいた。なぜか武装した笑顔の妹たちもいる。


魔力と殺気を漏らしている魔王を見て魔族達はびくりと震わせる。

バハルは剣を抜き地面に突き刺すと地面がかすかに揺れる

「これからアルバン王国の国王の首を取りに行く。歯向かってくるもの、国王を守ろうとする者、手を貸している者すべて殺せ。ただし民間人や戦意がないものは手を出すな。」

今まで自ら誰かを傷つけたこともない、300年前の戦争の時は必要最低限のみ救えるものは救った。先の戦争の時ですら一人も殺さず終わらせた魔王のバハルが、殺せと言った事に皆驚きが隠せない。

人間は一体何をして魔王をこんなにも怒らせたのだろうか、と。


それだけ伝えると剣を抜き鞘に納め踵を返し、出立!と叫び魔族達はアルバン王国へと姿を消した。



半日もあればアルバン王国につくだろうと全速力で走っている。が、周りが思っているより遅い。少し後ろにライアン、スラング、あと苦しそうに必死についてきているジグル以外の姿は見えない。

「ねぇ、バハル兄さま僕はどっちに行ったらいい?」

「ん?どっちってどういうことだ?」

「僕は国王のほうに行ったほうがいいのか、聖女さんのほうに行ったほうがいいのかってこと。」

「……国王のほうに行ってくれ。あとジグルも引き取ってくれ」

「うん、わかった!」

後ろで俺を物扱いするなぁー!とジグルの声が聞こえるが構ってる暇はないので無視をする。


アルバン帝国の門の少し手前で止まり他の魔族達が来るのを待つ。30分くらいたってから到着した彼らはぜぇぜぇと息が上がり膝をついたり、座っている。彼らなりに頑張ったようだ。遅いと言いたかったが彼らがあまりにも苦しそうにしていていたため、根が優しいバハルは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「バハル兄さま、門から行くの?それとも門飛び越えて城に突っ込む?」

空を見ると陽が傾きかけているぐらいだ。


「門からいちいち入ってられるか。門は飛び越えて城に突っ込む。民間人には手を出すなよ。できる限り屋根でも伝って城に行くぞ。ああ、でも魔族が来たのが分かるように少しゆっくり来い」

「らしいよー?門は各自飛び越えて屋根の上走って城まですこしゆっくりめで行くよー?」

ライアンが後ろに控えている魔族達に聞こえるように叫ぶ。

この声が門にも聞こえているだろう。

「休憩は終わりだ、行くぞ」

うおおおおおおお、と声が門、町まで響く

門兵はいきなり聞こえてきた雄たけびに驚き槍や剣を構えているが、軽々と門を飛び越える魔族達。

いきなり門を飛び越えてきた魔族達に人間たちは顔を青くしながらこちらを見ている。

兵もあまりの恐怖のせいか戦意を喪失している者も多い。

町にいる人たちは屋根を伝い王宮まで走り去る魔族達を呆然と見上げていた。



*****

ハーネスは聖女のもとに行こうとしていた。そろそろ生命維持の魔法をかけ終わり、死ぬことはなくなったハンナとまた遊ぶことができると思いながら。反応がないのはつまらないが、あれだけ美しい女を手放すには惜しい。

バタバタと走る音が聞こえる。

「国王陛下!!!魔族が!!!魔族達が攻めてきました!!!」

宰相や官僚たちが青い顔で走ってくる。

「きっと聖女が偽物だとばれたのですぞ!?」

「陛下が絶対ばれない、大丈夫だというから、陛下のわがままも目をつぶりましたのに!!」

男たちは他にも何か言っているが聞き取れない。ここにいる官僚たちは偽の聖女を送ったことを知っている。官僚たちの悪事を目をつむる条件で偽の聖女を送ることを反対をしなかった者たちだ。

「それで、魔族達はどこにいるのだ?どのくらいでアルバンに着く?」

敗北したとはいえまた勇者を戻し、他国からも兵を募ればすぐに集まると思っていた。

ハーネス本人が魔王を見たわけではない。勇者や他の兵たちが大げさに言っているだけだと思っていたから攻めてきてもどうにか追い返せると甘い考えを持っていた。

「もう、王宮の外を囲んでます……」

「んな!!??」

そんな馬鹿な!?今頃魔族領に偽の聖女の一行が付いている頃だろうと思っていたが、まさかこんなにも早く魔族達が来るなどありえない。王宮を囲うほどだと!?そんな数を引き連れてこんなに早くここまで来れるはずがない、そう思っていた時背後からひやりと冷気を感じる


「やぁ、君が国王さんかな?」

ニッコリと笑う美しい顔をした男、いや魔族が数人の魔族を引き連れて後ろにいた。



**********

バハルはサーチでハンナを探す。ドリューが地下に捕らえられていると言っていたので、地中をくまなく探す。

ちっと舌打ちを打ち走って地下へと急ぐ。

地下の最奥に地下になぜこんなものが?と思われるような美しい大きな扉があった。扉にはいくつもの鍵がつけられている。兵がいたが一瞬で首をはねる。

よく見ると鍵が開いている。中に誰かいるのだろうか。もしかしたらここにあいつもいるのか?と思い浮かぶ。

一度だけ見たことのあるまだ国王ではなかった男の顔を思い出す。そういえばあの時からハンナのことをいやらしい目で見ていた。思い出すだけで不快だ。

ドアを開けると一人の男に抱えられているハンナがいた。だがその男はあの男ではない。

顔がやつれ目の下に濃いクマを作り疲れ切った顔をしたドリューだ。手にはスープを持ち必死に飲ませているのだろうが、口からだらだらと零れ落ちている。

ドリューの顔がこちらを向いた。泣いたのだろうか少し目が赤く、顔には涙が伝った跡がある。

「……魔族……?」

ドリューの顔が少し強張っているが、魔族がここにいる理由をすぐに理解しハンナをベッドに戻し立ち頭を下げる。

ベッドの側に行きハンナの顔を見る。力なく呼吸をしているハンナの側に座り、腕で頭を持ち上げ腰に足を差し込み安定させる。

んっといつものように手を差し出すが、いつまでたっても何の反応もないドリューにため息をつく

「お前の持っているスープをよこせ」

「え!?あ……どうぞ」

フルフルと震える手で差し出された手の上にお皿を載せる。

スープを口に含みハンナの唇に触れる。ゆっくりとハンナの喉を流れ込んでいく。

皿に入ったスープをすべて飲ませ終わり、ベッドに戻す。おでこをつけ両手を握る。


ドリューは口移しでスープを飲ませていた魔族に驚いたが、今魔族は何をしているのだろうとじっと見ていたら、ハンナの体がふわりとかすかに光りすべての魔法が解けたのだろう。

ハンナの体はやせ細り少しでも力を入れると折れそうなほど細くなっていた。魔族は一瞬目を見開いたがすぐに真顔になる。溢れるようにハンナの魔力が体に戻るのが目に見えてわかった。

ハンナの体はかすかに光ったまま、目の前の魔族が暴走しないように溢れすぎた分を魔族の彼は自分の体に流れ込むようにしている。

魔族の彼が入ってきたときは殺気や魔力があふれ出ていて恐怖した。が今終始愛おしいものを見るような瞳でじっと見つめながら暴走しないように魔力を吸い上げている。

じっと見ていると、ふと気が付く。髪や瞳は違い角が生えてはいるが、この顔を見たことがある、と。

この男は……。



ハンナの魔力も落ち着きバハルはハンナを横抱きにしようとした時、かけてあった黒いマントが滑り落ちる。

ぴしり、とバハルの顔が固まる。

薄くほとんど肌を隠しきれていない服、いやこれを服と言っていいのだろうか。

バハルは自分のマントを脱ぎ巻き付ける。

「ドリュー、お前は俺に言ったはずだ。ハンナの敵になるやつはすべて排すると。」

ドリューは目を見開く。やはり、彼は……

「あなたはバハルさんですか……?」

「……そうだ」

どうりでどこを探してもいなかったはずだ。深々と頭を下げる。

「申し訳ありません。私の力不足です……。第二王子を国王に推していたのですが、皇太子がいるのに第二王子を国王にすることに周りから反対されてしまったのです。」

「その第二皇子はまだましなのか?」

「まだ14歳ではありますが、冷静に状況を判断できるお方です。魔族と戦争をすることに最後まで反対され、魔族領に兵を出してからいつまでたっても魔族領に向かわない陛下にしびれを切らし第二皇子が魔族領に行こうとした前日に幽閉されてしまいました……」

「ん?勇者の話だと魔族領に向かって来てるから5日くらいで合流できると言っていたぞ。」

ドリューは苦笑する。

「いえ、勇者はアルバン帝国まで帰って来たそうです。こちらに着いた時には肉体の限界も超えており、意識を保つことで精いっぱいだったそうです。」

バハルは深くため息をつきながら頭をぼりぼりと掻く

「あー、人間ってもんはめんどくせえな。なんでそんな馬鹿で弱い奴に従うやつらの気がしれん。俺の弟が国王を捕らえている頃だろう。行くぞ。」

「他にも魔族が来ているのですか?」

怒りに満ちたような顔で笑うバハルの顔に、ドリューはぞくりと震わせごくりと唾をのんだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る