第36話 本当の姿

「魔道師長を呼べ!!」

と大きな声で叫び、指が中に入ったままじっと動かずにある。早く抜いてほしいが、言える状況ではない。

しばらくすると、魔道師長が入ってきた。

指を足の間に突っ込まれたままのハンナの姿を見て、目が見開き顔が引きつりながらも顔が少し赤くなるがすぐに目をそらす。

「お呼びでしょうか。」

「特定の言葉を話せないようにしろ」

「特定の言葉、ですか?」

「バハル、と言えなくしろ。」

魔道師長は一瞬目を見開き、わかりました、と答え側に寄る。必死に目でやめてと魔導師長をみるが目の前に魔法陣が浮かび上がり消える

「これで バハル と言う言葉はハンナ様の口からでることはありません。」

「ふん!終わったならさっさと出ていけ」

すぐに魔道師長は部屋から出て行ってしまった。

「さあ、ハンナ。続きをやろうか」

少し怒ったような声。ゆっくりと動き出す指。

気持ちいいだろ、としつこく聞いてくるが、気持ちよくなんかない、と思いながらも時々声が出そうになる。声に出せなくなってもひたすらバハルの名前を心の中で呼び必死に声が出ないように下唇を噛み、陛下が満足するまでただひたすら耐え続けた。




陛下は必ず夜にやってくる。昼間はやはり公務があるので来ないので昼間は安心していられる。

夜になると、毎日好き勝手に体をまさぐり続ける。時には朝までの時もあった。苦痛だったが、陛下が最後までするのは側室になってから、と言っていたので一線を越えないことには少しだけ安心はしている。

ただ、重度のストレスのためか1週間たったころには食事もまともに取れなくなってきていた。その頃昼頃に魔道師長が部屋に来て魔法を掛けに来た、と暗い顔でやってくる。魔道師長も少しやせただろうか。前よりもっと疲れた顔をしていた。

前と同じように顔を近づけ小声で外の話をしてくれる。

バハルはまだ見つからない。3日前に変化の術を掛けた奴隷が魔族領へ向かったこと。リリアちゃんがあれから姿を見せないハンナを探していること。

ある程度のことを話し終わると、今から掛ける魔法を教えてくれた。

「ハンナ様、今から保存と変化の魔法を掛けます。」

言っている意味が分からない。なぜそんな魔法を?変化の魔法だけかけるだけでいいのでは?と首をかしげていると

「保存は、食事をほとんどとらないハンナ様がこれ以上ひどい状態にならないために体の細胞を保存するためと、変化の魔法は強い魔法ではないので保存も一緒にかけると解除されにくくするため、そして変化の魔法は帰ってきたころよりお痩せになり、顔がやつれてきているため以前顔に変化させよ、とのことです。ですが、魔法をかけたとしても食事をとらなければ、魔法が切れた時反動があります。」

「ユリの花に同じ魔法をかけた時説明してくれた時のように、魔法が解けた時ユリの花のように枯れてしまうということですね。」

植物や建物に保存の魔法を使うことはあっても生きた人間にかけることは禁忌とされている。

生きているものとモノとは違う。生きている人間にかけてしまえば必ず何かがおかしくなるのだ。

魔道師長はぐっとこぶしを強く握り、血がぽたりと落ちていた。

「いいよ、魔道師長。私の心の中の彼はどんな私でも態度は変わらなった。だから私は彼が好き。同じ好きだと言っている陛下は違う好きという事」

なぜか魔道師長が泣きながらハンナの顔の前で魔法陣を描いていく。初めて見るな、魔道師長の泣き顔。少し怖い顔して厳しい人なのに。なぜか、魔道師長の顔がよく見えない。

いつの間にかハンナも泣いていた。




それから一か月、相変わらず陛下は夜にやってきては私の体で遊ぶ。

どんどん食べることも飲むこともしなくなったが、以前と変わらない体形、顔。

陛下は気が付いているのだろうか。魔法の下でどんどんやせ細り、命の危機に面していることに。

少しずつ激しくなる行為もどんどん意識が保てないくなる。

バハル、ごめんね。せっかく助け出してくれたのに、結局私は囚われておもちゃのように生きている。もう、楽になってもいいかな。いいよね?

そう思いながら意識は完全に闇の中へ消えていった。




**********

バハルは今か今かとそわそわしていた。聖女がアルバン帝国をでたと報告があって1か月半たった。

聖女がアルバン帝国に帰還してから猶予を付けたのは、国内にいる親しい別れを言う相手や荷物の整理などする時間が必要だと判断したからだ。ハンナが望めば遊びに行かせるつもりではいたが、不安要素を少しでもなくしてから来てほしかった。そんなすぐに来なくてもよかったのに、と思いながらも一日でも早く会えることに喜んだ。

魔族領を一歩でも踏み入れればハンナの気配は分かる。

急いで迎えに行けば、一緒に来ている人間共にどう思われるか、まるで聖女が来るのを心待ちにしていた、と思われるというのも考え物だ。いや、間違いではないが。

いろいろ考えていると、ハンナの魔力がサーチに引っかかる。だが、何かが違う。

「スラング!ライアンを呼べ!」

「ライアンをですか?」

首を傾げ不思議そうに見ている。

「何かがおかしい。サーチにハンナの魔力が引っ掛かった。だが、何か別のもののような感じもする。」

スラングは少し考えるかのように顎に手を当てている。

「実物を見てみるのが一番ではないでしょうか?」

「まあ、そりゃあそうだが。魔王が直々にいきなり行くのもどうかと。」

「いえ、魔王のバハル殿下がおかしいと感じたことを人間共にそのままいえばいいのです。何も知らされていない場合もありますし、知っているかもしれません。」

「む、それもそうだな。ではいこう。」

執務室から出ようとした時にライアンが入ってくる。

「バハル兄さ……じゃなかった、魔王様呼びました!?」

いや、まだ呼びに行く前だったぞ、弟よ

お前どこにいたんだ?魔王辞めてからストーカーにでも転職したのか

まあ来てくれたのはちょうどよかった。

「聖女が魔族領に入った。が、少し気がかりなことがある。今から行くから付いてこい」

「わっ!行く!行きたい!行きたいです!!」

わーいと両手を上げながら喜ぶライアン。

いつになったら大人になるんだ?とため息をつきながら聖女がいる場所へと向かう。




少し離れた場所から兵に囲まれた馬車を見る。

「どうですか、バハル殿下」「ねぇ、何がおかしいの?教えて教えて」

少しは黙れ、とライアンの口を手で押さえつける

むぐうっと声が出ているが顔は笑顔だ。

「……あれはハンナではない。」

「なんと。」「ええ、偽物ってこと?」

ぞわり、と嫌な予感がする。なぜ、ハンナの魔力があの馬車の中から感じる理由がすぐ分かったからだ。なら、本物のハンナは?そこまでして魔族領、魔王のところに来たくなかったか?

だが他の人間に押し付けるような女ではない

「スラング、あの馬車の周りにいる兵の中で一番偉いと思うやつに、ここから一番近い歴代魔王の別荘に案内しろ。そこで確認する。」

「では清宮せいぐうの館でよろしいでしょうか?」

「かまわん。そこが一番近いからな。」

では、と姿を消し兵のもとへ現れ話をしている。兵たちは一瞬剣を抜いたが魔王の使者だというと、すぐに進路を清宮の館へ変えた。


バハルとライアンは先に向かい、馬車の到着を待つ。

コンコンとドアを叩く音が聞こえ、聖女をお連れしましたと数人の兵と聖女が中に入ってくる。

見た目も魔力もハンナだ。だが、違う、

ハンナの姿をした女はカタカタと震えている。

「……お前は誰だ?」

そういうと、方がビクリと大きく揺れ目が見開き葉がカチカチとうるさくなる。

後ろに控えている人間の兵も震えている。

側に近づき女の額に触れる。ひっと声を漏らしじっと固まっている。

ふわりと微かに風がなびくとハンナの姿をしていた女は本来の姿へ変わる。

魔法がかけられている場所など関係なく解除できるのになぜハンナにはあんな解き方をしてしまったんだろう、とフット笑う。

そこにいたのは金髪で美しい髪を持ってはいるが、体はがりがりで鞭の跡だろうか無数の傷とあざがあり、この者が何者かわかった。奴隷だ。

女は胸元に手を入れ一通の手紙出す。膝をつき手を挙げて掲げるように差し出す

「魔王様!魔道師長殿よりお手紙をお預かりしております!必ず、必ず読んでいただきたいと言われてました!!」

無言で受け取る。封筒には指定した人間しか開けれないような魔法が掛けられていた。

びりっと封を開け中身を読む

バハルは目を見開き、スラング、ライアンの名前を叫ぶように呼ぶ。

「どうかされましたか!?」「兄さまどうしたの!?」

近くにいたのかすぐに部屋に入ってきた二人は体を震わせる

体中から魔力と殺気を放ち、今にも暴れ出しそうな目をしていた。

「スラングは今すぐ城に戻り、集めれるだけ兵を集めよ。アルバンの国王の座についている者の血肉の一遍も残さず散らしてやる。」ぐしゃりと手紙を握りつぶし、スラングに渡す。

「バハル殿下、それはジグルなども含めますか?」

「……構わん。一人でも多くかき集めろ。直ぐに向かう。ライアンお前は兵がそろうまで俺とここで待機だ」

スラングははっ、と短く返事をして走って城に戻る。走りながらくしゃくしゃになった紙を開く。

「ハンナ……」

スラングもまた怒りに震えた。スラングは結婚はせずずっと魔王やバハルに仕えてきた。

だが、この年になって種族の違う幼い人間の子供の世話をたった2年弱見ただけだが、娘のように思っていた。

弱く儚く短命な人間、でもスラングにとっても大事な存在となっていた。

「ハンナ、私もすぐに行きますからね」

そうつぶやき更に走る速さを上げて城に向かった。



拝啓 魔王様


この手紙を読まれているという事は無事手紙が貴方様の手に渡ったということでしょう。

もうすでにお分かりかと思いますが、目の前にいるのは聖女ではありません。

本物の聖女はアルバン帝国の国王 レオナルト・ハーネスの指示により王宮の地下に捕らえられています。魔王様を謀った罪、私魔道師長のドリューも償います。どうか聖女ハンナを地下より救い出していただけないでしょうか。この手紙が手に渡っている頃には聖女はすでに1か月以上地下にいるでしょう。

貴方様が私が思っているような方ならば一刻も早く来てほしい。


敬具

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