第33話 遅い思春期
ガタガタと揺れる馬車の中で手の中にある花を見ながらふう、と小さくため息をつく。
隣に座っていたリリアがずいっと顔を近づける。
「ハンナちゃん、お花くたってしてきちゃったね。」
「うん……」
ユリの花は弱弱しくくたあ、と首を折っている。せっかくもらった花だから大事にしたいのに、どうしても枯れてしまう。
「気になっていたのですがそのユリの花どうしたのですか?」
向かいに座っている魔道師長のドリューが不思議そうにハンナの持つユリの花を見る
「え、黒い鳥がユリの花になったんです……」
「それはいつですか?」
「え、魔族のライアンさんと会う前日です。」
ふむ、と顎に手を当てて何かを考えているようだ。
「ハンナさん、大事そうに持っていますが誰からか心当たりはあるのですか?」
「確証はないんですけど……バハルかと思います。」そう伝えると、ああ、と納得するような声が漏れる
「あの人ならそのぐらいのことやれそうですね。」
ニッコリと笑いながらユリの花に手を当てる。ユリの花は精気を取り戻す。わあ、とハンナとリリアは驚いた声を出しながらもらった時と同じように戻ったユリをじっと見る
「変化の魔法と保存魔法を使いました。本当はさっきのように少し痛んでしまっていますがこれ以上枯れないように保存をかけ、変化で元の姿に見えるようにしているだけです。つぶされても魔法が切れるまでこの状態のままです。ちぎられたらさっきの状態に戻り枯れてしまうのでご注意を」
魔法を二つも同時にかけてくれたようだ。
「ありがとうございます!!」
ハンナは元気になったユリの花を大事に優しく握る。
************
アルバン王国にある一室は重々しい空気に包まれている。
戦争に参戦したブリスター王国、ヘルタイン帝国、デルブルク王国の各国の要人たちが神妙な面持ちで座っている。
「これが勇者が持ち帰った魔王からの書状です。」
見えるように机に広げるとおお、と声が上がる。
脂がのった男がフルフルと震える指で紙に触れる。この男はブリスター王国の国王、デレク・ヒルトン。金の亡者でとにかくお金が好きな男である。
「これは、とても上質な紙ですな。くっ、魔族領を手に入れられなかったことが本当にくやしい。」
「ヒルトン殿、そんなことより内容のほうが重要じゃ。」
少し落ち着いているこの初老の男はヘルタイン帝国の国王ニコラス・オルフェン。
おろおろと人の顔を見ているデルブルク王国の国王ケイス・ダグラム
そしてアルバン帝国 レオナルト・ハーネスは咳ばらいをし、口を開く。
「ここには、
我が領に侵略してきた者共、今回限りお前たちの首と胴体が離れることはしないでおこう。
だがまた兵を差し向けないとは限らない。故にお前たちが崇拝している聖女を質として我に捧げよ。
期限は聖女が帰還してから三か月以内
異論は認めない
と書いています。聖女を魔王の元に差し出す、という事でよろしいでしょうか?」
「いいのではないか?聖女とは言えどたった一人で我らの首がつながるのだ。」
「聖女は自分の意思で戦争に参加したんだろ?戦争に参加した時点で死も覚悟しているだろう。早く差し出してしまえ」
おどおどしているデイブルク国王は無言でうなずいていた。
「では、聖女が帰還次第すぐに魔王の元へ向かわせます。」
ハーネスは側にいた男から数枚の紙を受け取る。
「では、こちらに署名をお願いします。ブリスター王国、ヘルタイン帝国、デルブルク王国、そしてアルバン帝国の四か国が協議の上聖女を魔族領に送ることを決定した旨を記載しております。順番に署名していただき、一枚は控えとしてお持ち帰りください」
皆すぐに署名をし、ほっとした顔で息をつきお茶を飲む。
「これで一安心ですな」「これで安心して国に帰れる」そしてひたすら一人頷く。
「では、帰られるまでゆっくりとお過ごしください。」
どの国も敗戦後の処理で忙しく長居はできないため明日の朝には皆国に帰る。
ハーネスは部屋を出る。廊下には勇者が壁にもたれかかるように立っていた。
「陛下、本当に聖女ハンナを魔王に引き渡すのですか?」
「もちろんだよ、私は確かにハンナを側に置きたかったけれど、国民が危険だ。だから仕方ない。」
「ぐっ。」
勇者は悔しそうな顔をして俯く。魔王の力を自分の目で見たのだから、この国一つ消し飛ばすことぐらい簡単だろう。だけどどうして聖女のハンナだけが責任を取る形になるようなことが書いていたのかわからない。どうせなら、金の亡者の国王や何も考えず魔族に戦争を仕掛けた自分たちの国王たちの首を切ってほしかった。
「勇者殿、まあ、お疲れ様。報奨金は出すから、好きに生きてくれ」
ぽんっと肩を叩きどこかへ行ってしまった。
まるで用なしになったからお金をやるからさっさと
出て行けと言われているようで、怒りで体が震えていた。
「おい、お前。」
側にいる兵に声を掛ける。
「魔道師長と聖女が帰ってきたら私の元へすぐに来るようにと門兵とすべての兵に伝えろ。」
「はっ!」と兵は敬礼し走って去っていく
ハーネスはにやりと笑いながら今お気に入りの側室の部屋に向かった。
**********
「バハル殿下、なにをしているんですか?」
バハルの部屋のドアをノックしたが返事がないため中に入ると、なぜかバハルは模様替えをしていた。
「おっ、おい。勝手に入るなよ。」
「ちゃんとノックしましたし、サーチを常に起動しているバハル殿下は私がいることわかっていたでしょう。」
「ぐっ、俺は今忙しいんだ。」
さっきから大きな家具を移動してはやっぱり違うと元の場所に戻したりしている。
「模様替えをしたいのでしたら、専門の者にお願いしますよ。何をそんなに慌ててるんですか」
「……だよ。」
「はい?聞こえませんよ」
「もうすぐハンナが来るからだよ!!」
ああ、この人はハンナに対して過保護なところがあったんだと、ため息をつく。
「バハル殿下、ハンナが魔族領に来たとしても、私たちが魔族だという事は知らないで来るのです。魔族と知ったら近寄ってこないかもしれないんですよ、分かってますか?」
「はっ」
目を見開き今気が付いた!と言う顔をする。
普段はこんな風ではないのに、ハンナが来ることが楽しみでいろいろといつもと違う。おかしくなってしまっている。
「人間の姿に、いやでも、魔族領になんでいるのかって聞かれるな……」
ぶつぶつと独り言を言い始めたバハルを何度呼び掛けても反応がないので、遅めの思春期は困ったものだと呆れながら部屋から出る。
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