第32話 罰を受けましょう

バハルは将軍たちが持っていた薬、落ちた者も一つ残らず拾い回収した。

うむ、サーチにも引っかからないし大丈夫だろうと一息つく

勇者は暗い顔でバハルの持つ薬を見ている

「そんな薬があるとは知らなかった……」

「まあ、300年以上前作られた薬だからな。一般人やお前が知らなくても当たり前だ。」

「戦意を失ったばかりの相手に何をしているんだろうと思っていたが、薬から守ってくれたんだな。ありがとう。私では気づけなかったよ。」

勇者は馬にまたがる

「陛下はすぐそこまで来ていると思う。たぶん馬で行けば5日くらいで会えるんじゃないかな。」

「途中で事故で死んで渡せなかった、なんて笑えねえからな」

「気を付けるよ、じゃあな、優しい魔王様!」

馬を走らせ颯爽と去っていった。



本当は今すぐハンナのところへ向かい攫ってしまいたい衝動をぐっと抑えながら城へと戻った。


「おかえりなさいませ、バハル殿下。」

スラングが魔王城の門で立って待っていた

「ジグルはどうしてる?」

「ジグル殿下ですか?ああ、ジグル殿下の実の姉君と妹君、母君が一緒にいますよ。」

「は?」



「やめてくれええええええ!!!」

ジグルの部屋の前の廊下に叫び声が響き渡っる。

「ジグルちゃん?おいたをした子にはバツを与えなきゃね?」

優しそうな声、優しく微笑んでいるきれいな魔族はジグルの母である。

ジグルにはたくさんの異母兄弟はいるが、完全に血のつながている兄弟は上に姉、下に妹である。

「だめよ~、ジグル。ほらこっち向いて、ふふふ、いいわよぉ。ほら恥ずかしがらないでお姉ちゃんに見せて?ほらぁ」

「ちょっ!?ほんとやめて!やめてください、お願いします。」

「お兄さま、ほらもっと、ここを、そう!いい感じぃ」

くすくすと笑う女に囲まれ好き勝手されている

バハルがノックをせずにドアを開けると、入ってきたバハルを目を見開き今にも窓から飛び降りて自殺してしまいそうな顔をしているジグルがいた。

「うおおおおおお!!!見るなあああああ!!」

両手で顔を覆い泣きそうな声を出している。

スラングは顔が引きつっていた。この反応、少し前に見た気がするがライアンのようにかわいくないジグルが同じことをしても気持ち悪いだけである。

いや、今現在ジグルの姿がとても気持ち悪い


ジグルは顔は男らしく、体も筋肉質だ。そんなジグルの顔は厚めの化粧が塗られ、服はフリフリの大きいドレスを着せられていた。

どこにあったんだ、そんなでかいドレス。

「あら、魔王様ご機嫌麗しゅう」

常に笑顔と言う仮面をつけているジグルの母親は椅子から立ち上がり深々と頭を下げる

「魔王様うちのバカ息子が申し訳ありません。魔王様に自宅で待機をするようにと言われたと言っていたから様子を娘と一緒に様子を見に来たの。この子のことだからまた部屋のモノ壊したり、いう事聞かないんじゃないかと思ってね。丁度向かっていましたら、部屋から武装したこの子が飛び出してきたの、もう、外に出られないような格好にしてしまえばいいと思いまして、このような格好をされてますの。決してジグルが女装趣味とかじゃないの。これは罰なの、ね、ジグルちゃん?」

語尾が少し怒りが込められていたような気がする。

ジグルは精神的ダメージが大きいのか隅で丸くなって泣いているようだ

「母は強しですな。」

「全くだ……」

ぐおおおおと叫んでいるジグルに少しだけ同情して部屋を出た。



********

ハンナたちの元に兵が敗戦の知らせを改めて伝えに来た。聞いて呆然とした。なぜならお茶を飲んでいたらいつの間にか終わっていたからだ

そして勇者のところにいた兵のほとんどが負傷したが、誰一人死者はいない、と言っていた。

戦は負けたが、魔族相手に誰一人死ななかったのは奇跡だと思えた。

また帰るのに時間はかかるが、バハルを探しに行ける。そう思うと苦痛の時間すら楽しくなってきた。

やっぱり馬車に乗るのは苦痛だが(特にお尻)、心は弾んでいた。



**************

魔族領を出て5日経っても一向に国王陛下と落ち合うことができず勇者は焦っていた。

魔王には5日で落合い渡せると言った手前、急いで渡さなければいけないと焦ってきていた。自分が道を間違えたのだろうかと思い何度も地図を見るが間違っていなさそうだ。

何度か馬を変えながらただひたすらアルバン帝国へ向かう。

魔族領から出るときに魔王から言われた「死んで渡せなかったなんて笑えねえからな」と言う言葉を思い出して、ぶるりと震える。本当にそうなってしまいそうなくらい体が悲鳴を上げている。

アルバン帝国に着いた頃にはほとんど眠らず食事も最低限に済ませ、ひたすら馬を走らせていたので足はふらつき少しでも気を抜くと気を失ってしまいそうだ。門の手前で力尽きその場で倒れる。

門にいた兵士が駆け寄り必死に声を掛ける。

「国王……へい……か……にお取……次ぎを……」

喉もカラカラで声がうまく出ない。兵は急いで王宮に人を向かわせ、抱きかかえている兵は自分が持っている水筒のを勇者のを口につけゆっくり飲ませる。

「勇者様、私がしっかり責任をもって王宮までお連れします。少しの間ではありますが、お休みください。」

勇者を軽々と背に背負い、歩く。勇者の体は以前より一回り小さくなっているように感じた。

勇者が冒険者になってから門からずっと見送りをしてきた兵はぐすっと鼻をすすらせながら王宮へ向かった。


「なに!?勇者が戻ってきた!?」

国王ハーネスは側室とイチャイチャしていた。官僚たちも至急集まるように、と指示し身支度を急いで済ませ謁見の間に向かった

魔族領に着いた頃だろうと思っていたが、まさかこんな早く戻って来たとは。

国王のハーネスや官僚は増援要請かと思ったが今ここから兵を送っても魔族領に着くのは1か月以上先だ。

援軍は魔族領に近い隣国に既に準備させていることは知っているはず。わざわざアルバン帝国に戻ってくる必要などないはず。それにいざとなれば隣国が持たせると言っていた薬を使用すると思っていたのでこんなに早く誰かが戻ってくるとは思っていなかった。

謁見の間に置かれた王座に座り、切迫した様子で官僚たちがどんどん集まる。

爪を噛みながら怖い顔で考え事をしていると、勇者をお連れしました!!と言う声が聞こえる。


ハーネスはがたりと椅子から立ち上がる。国にいた時にはとても美しい青年だった勇者は目の下に濃いくまをつくり顔も疲労がたまっている様子で息も絶え絶えの彼は兵の背に抱えられていた。

勇者は最後の力を振り絞り自分の力で立ち、膝を頭を下げ話す。

「我が軍は敗戦いたしました。こちらが魔王よりお預かりした書状でございます。魔王はどの国王にも責任をとってもらうと言っていましたので、その件かと思われます。」

共に敗戦した理由を聞き、国王と官僚たちは震えあがる。魔王が一人で何万と言う兵の前に立ち、何千と言う矢を返したどころか、魔法すら通じず魔法もすべて術者に返したという。誰一人傷をつけることも近づくこともできなかったと聞いてハーネスは震える手で受け取る。もしかしたら、責任として参戦したすべての国王の首を差し出せとかいているんじゃないかと思いながら冷や汗をかきながら紐をほどき中を見て目を見開く。

「そ……そんなバカな……」

「……陛下?」

周りに控えている従僕や侍女、勇者が心配そうに見る。


「聖女を差し出せ、と書いてある……。」


「聖女……ハンナをでしょうか?」

「……なぜ勇者じゃなくて聖女なのだ。勇者ならよかったのに。」

ハーネスはぼそりと小さな声で呟いた。

勇者や官僚たちは目を見開き国王をを見る。まさか聞こえていると思わなかったのか、冗談だ、気にするなと誤魔化す。

ハーネスは参戦した3ヵ国に早馬で至急集まるようにと手紙を出す。聖女を差し出すにしろ、一つの国が判断してはいけない相手なのだ。


退出をしようとしていた国王を呼び止め、なぜならまだ国内にいるのかと問いただす。

「いや~……出立しようと思っていた時に正室が産気づいて寂しいだろうと思って側にいたのだ。不安にさせまいとずっと側にいてすっかり出兵するタイミングを逃してしまったのだ。」

ははは、と笑うハーネスに怒りを覚える。ぐっとこぶしを強く握り血がにじむ。

疲労を顔ににじませながら2か月近く必死に歩き続けた兵たち、魔王に退治した時死を連想させられるような圧倒的な威圧感を放つ魔王を目にして恐怖で強張る顔をした兵たち、自分の打った矢や魔法が自分に襲い掛かり痛みに悶える兵たち、そんな人たちを思い出す。あまりにも身勝手すぎる。

喉まで出かかった言葉を飲み込み、謁見の間から兵に支えられながら退出する。


あの魔王様のような人が国王ならいいのに、と思いながら意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る