第30話 ライアンの初任務

あれからさらに半月が過ぎ人間たちは既に魔族領を進軍している。

もう明日か二日後には魔族領中腹というところだ。

バハルは手に一つの小さな包みを持って外にいた。

ぼうっと包みが宙に浮かび、黒い光かすかに光り包みは黒い鳥に姿を変え空へ飛んでいく。

鳥の姿が見えなくなるまで空を見つめ、部屋に戻る。


部屋にはスラング、ライアンがいた。

「魔王様、予定ですと明日の昼頃にでも人間と接触しそうだと連絡がありました。」

「……勇者と聖女の居場所はわかったか?」

「はい。勇者と聖女は別行動のようです。勇者は南側、聖女は東側です。でもあまり距離ははなれていません」

「では二人とも、予定通り動いてくれ。」

「バハル兄さま!僕頑張るからちゃんとできたらご褒美頂戴ね!」

ライアンは子供じみたことを叫びながら、スラングは静かに頷き姿を消した。



***********

今日が最後の野営になるだろうと言われた。偵察したものの情報によればついに明日魔族と接触するとのことだった。

覚悟を決めたけれど、勝てるのだろうか、いや、勝つことなど不可能なのではないか。

私は後方支援だから、前線の人たちのほうがもっと怖くてたまらないだろう、と思っていてもやはり怖くて仕方がない。外の空気を吸いたくなってテントの外に出ると、空気が重い。皆神妙な面持ちで黙っていた。

ドリューさんに少し散歩すると伝え、あまり遠くに行かないでくださいね、と念押しされる。

遠くに行くつもりはないが、少しだけこの重たい空気の中にいるのはきつい。

少しだけ離れたところで深呼吸をして空を見上げる。空には星が無数に広がっていた。

「きれい……」

そうつぶやいたその時、がさりと音がした。

びくりと体を震わせ周りを見渡すと、木に黒い鳥が止まっていた。

じっとこちらを見ている。

飛んだかと思うとハンナの腕に止まりかすかに光り驚いて目をつぶってしまった。

手のひらに何か乗っている感覚がある。

ゆっくりと目を開きハンナは目を見開く 


一輪のきれいなユリの花だった。




ユリの花……?何で鳥が花に?

じっと見ていると、はっと思いつく。もしかしてバハルが私に?

近くにいるの?それともどこかから飛ばしてきたの?

周りを見渡すがそれらしき人物は見当たらない。

「バハル……」

まだ少し怖いけれど、もう大丈夫。まだ私は死にたくない、死ぬわけにはいかない。

花がつぶれてしまわないように優しく握りながらテントへと戻った。



明けてほしくなかった朝が来た。

移動中は早くついてほしいと思っていたが、楽しい場所に行くわけではないので、着いたら帰りたくなるのも仕方ない。

魔道師長がずっとかぶっていたフードを脱ぎ挨拶をする

「今日の昼頃どの軍も魔族と接触すると思われます。ですが、私は一人でも多くの兵が自国に帰れることを願っています。勝てないと思ったらすぐに降伏、またはほかの軍のところへ向かいます。必ず私の指示に従うように!!」

魔道師長は以前この戦いは無意味で無謀なものだと言っていた。

勝てない戦をするなどバカですよね、でも私に止められるほど力がないのが悔しいです、と苦笑いながら言っていた。

なら私は聖女として一人でも多くの兵を癒し生きて帰らせなければいけない。

ぎゅっと握った手にはユリの花が握られている。大丈夫、こわくない。震える手をそっとリリアが包む。

「魔族をやっつけるんじゃなくて、生きることを頑張ろうね」

リリアも本当は逃げ出したいだろう。だけどここまで一緒に来てくれた。

できることならここにいるすべての人が帰れますように。



「勇者が魔族と接触したようですが、たった一人らしいです!!」

鎧を着た騎士が馬を走らせてやってきた。

勇者がいる軍とここまでそこまで離れていない。アルバン帝国の軍隊は5部隊あるが、勇者が向かっているところは前回の戦で激戦区だったため3部隊向かっている。1部隊各1万の兵が配属され、アルバン帝国だけでなく3つの隣国からも2万の兵を連れてきている。

魔族が一人しかいないの?もしかして隠れているのかしら?

もしかしてここら辺にも……

魔道師長とリリアは側で周りをしきりに見ている。

そして、地面がかすかに揺れる。

周りから恐怖の声が漏れる。怖くて目をつぶる。目を開けるとハンナの目の前に、黒髪黒い瞳で、こめかみから角を生やしたとてもきれいな美少年が立っていた。



ニッコリと笑いながらこちらを見ている。

周りにいる兵士たちは、座り込んでしまっていたり、顔が真っ青になりガタガタと震えて

いたり、悲鳴を上げている兵もいる。

「やあ、君が聖女かな?」

笑ってはいるが、相手は魔族だ。しかも聖女だと分かっている。

「ハンナ様、お下がりください。」

ドリューとリリアはハンナを後ろに隠すように前に立つ。ドリューは怖い顔をして、リリアはガタガタと体を震わせている。

「ああ、いきなり現れてごめんね。僕は魔王直属軍の将軍を任されてるライアンっていうんだ。別に危害は与えるつもりないから安心して。ただ、聖女の君はここでおとなしくしててほしい。それだけだよ。」

両手を上げて敵意はないよ~と笑っている。

「魔王直属軍がなぜ一人でこんなところにいるのだ?ここにいろだと?それは何のためだ?」

ドリューの声は少し震えている。魔道師長の彼はアルバン帝国で一番魔法に長け、剣術もなかなかの腕だと聞いた。そんな人でも恐怖を感じる相手なのだ。

「う~ん。質問ばかりだなぁ~。詳しくは教えてあげれないんだ、ごめんね。もし僕に向かってくるなら、頭以外地中に埋めちゃうから覚悟してね」

うっすらと目が開きながら笑う。不気味で、ぞわりと悪寒が走る。

「本当に何も危害を加えないと約束していただけますか?」

ずいっと二人の間から前に出る。

「もちろん。僕の任務は聖女の君をここに留まらせることだからね。僕がいいよって言うまでゆっくりとお茶でも飲んでて。」

ライアンはそういうと、どこからか大きなポットとティーカップを4つ出して座る。

「さあどうぞ。」

ポットの中身はレモンティーのようだ。ティーカップに入れて渡される。

震える手で受け取る。香りがとてもよく、少しだけ気持ちが和らぐ。

「あ、安心して。毒は入ってないから。そんなの入れたら僕が魔王様に殺されちゃう。」

今とんでもない名前が出たような

そして一人語り出すライアン。

「魔王様はね、僕の兄さまなんだ。強くて怖い人だけど優しい人だよ。というか、魔族は毒を盛ったりしないよ。そんなことしなくても、僕強いから。」

ちらりとライアンの目がハンナが握っているユリの花を見ると、にこーと笑顔になっていた。

「きれいな花だね。」

「あ……私が好きな花なんです。」

「魔界にそんな花咲いてないし、切り花が枯れずにあるなんて不思議だねえ。」

ニコニコを通り越して、なんか生暖かい目で見られているような気がする。気のせいだろうか?


とりあえず座ろっかといわれ、地面に座ろうとしたらまたどこからか絨毯をだしここに座って!と満面の笑みでおいでおいでされる。近くに座るのは落ち着かないが、その通りにしないと怒りそうなので3人は素直に応じる。地面に座ったら揺れているのがさらに実感できる。

さっきから地面が揺れているが、大丈夫なのだろうか。

勇者のいるほうに一人の魔族がいた、と言っていたけれどこのライアンのことなんだろうか。

「あの……魔族領ってこんなに長いこと地面が揺れることってよくあるんですか?」

「ん~?これはねぇ、魔王様が暴れてるだけだから、大丈夫だよ~。」

変わらぬ笑顔でまたすごいことを言った。

「それは……どこで……」

「あー、安心して、ね?魔王様面倒なことはしないって言ってたから脅かしてるだけじゃない?」

ポットに手を伸ばしお代わりをするライアン。地面は揺れているのに器用に注いでいる。

地面を揺らしているのは魔王のようだ。


あっ!と声を漏らして、真顔でこちらを見てくる。

「君たち、薬は持ってないよね?」

薬?何の薬だろうとリリアとハンナは顔を見合わせる。魔道師長は顔が険しくなっていた。何の薬か分かっているのだろうか。

「アルバン帝国は前回の戦争でで薬をすることがどれだけ危険か分かっているつもりだ。今回アルバン帝国は薬を使用することは会議で禁止した。だが、他にも3ヵ国共に来ている。もしかしたら、どこかの国が持っているかもしれない。」

この軍にも他国の者が混じっている。ちらりと隣国から配属された役職のある数名見ると一人びくりと肩をゆらし、目をそらす。

ライアンは静かに立ち上がり、体が震えてる男の前に立つ。

「それ、頂戴。回収するようにいわれてるんだ。もし他に持ってる人間がいたらちょうだい。今渡してくれたら何も言わない。後で見つけたら木っ端みじんに切り刻んじゃうよ?ね?」

ポケットから震える手で小さな袋を渡す。

もう一人、男が走ってテントに行き血相を変えて戻ってきて袋を渡す

「ああ、よかった。これで皆助かるね。たったこれだけの薬だけれど、これだけでここにいる人間皆死んじゃうような薬だからね?よかったね。」

そう言いながら笑うライアンの笑顔が、とても不気味だった。

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