第29話 準備

アルバン王国を出て一か月がたった。

夜になり野営するため馬車から降りて周りを見ると歩いてた兵たちがぐったりとしている。まだ移動だけだが兵たちの疲労はどんどん目に見えてたまっている。

毎日できる限り兵士たちに声を掛けをするようにはしている、けれど言葉をかけるだけでは疲労は取れるものでもない。

治癒魔法をかけようとしたら、ここにい人数だけでもどれだけいると思っているんですか、魔道師長にと怒られた。

「一人にかけてしまえば、ここにいる全員にかけなければ不満が出ます。開戦前に聖女が治癒魔法を使うときは移動中にケガや病気になった者のみお願いします。」

魔道師長の言っていることは間違っていない、申し訳ないけれど、兵士たちに頑張ってもらうしかない。

だけど、これで開戦した時、これだけ疲労がたまってる彼らがちゃんと戦えるのか心配。


「あと半月もすれば魔族領に入ります。」

「え?魔族領まで二か月かかるんじゃなかったの?」

「人間の領地と魔族領の境界線があるのですが、そこに近づいたり、入ってすぐに開戦するわけではないのです。ただ、半月後いつ開戦してもおかしくないと思ってください。」

早くてあと半月で戦が始まる。そう思うと体がぶるりと震えた。

魔族はどれだけ強いのだろうか。バハルが買ってくれた本に、300年前の人間と魔族の戦争で一人のとても強い魔族がいたらしい。

彼はあまりにも桁違いに強く誰一人傷つけることのできない、魔界の覇者と呼ばれた。

魔族は元々一人一人が桁違いの魔力を持ち、一騎当千、魔族一人に対して数百の兵でやっと倒せるのだという。

魔界の覇者と呼ばれた魔族は一人で兵士の半数をなぎ倒し、人間は大敗と言う結果になったが、当時の魔王は戦争に勝ったからと言って特に人間達に要求はせずただ一言、楽しい余興だった、と言ったらしい。何万と言う人間が死んだのに余興だという魔族が怖い。

魔族の寿命は長い、もしかしたら魔界の覇者と呼ばれた魔族が生きているかもしれないと思うとぞくりと体を震わせる。

なぜこんなにも無謀な戦をするのか全く理解できない。王宮にいるときに魔道師長に聞いてみた。

魔族領は鉱物や土・水が豊かな場所が多いため、それに目を付けた王族や貴族が魔族を魔族領から排し自分たちのものにしようとしているのです。これが人間と言う欲に駆られた人間達なのです、と悲しそうに話していた。

本当ならできればこんな戦争なんて放り出して、バハルを探しに行きたい。

ぱちぱちと音を鳴らしながら燃える焚火をじっと見つめる。

私が戦争に参加していると知ったら怒られるだろうか、心配してくれるだろうか。

それとも偉い、よくやったと褒めてくれるだろうか。

「そろそろ休みましょう。」

リリアが泣きそうな顔をしているハンナに気が付いたのか、声を掛ける。

兵たちが張ってくれたテントの中にリリアと入る。

ドリューは毎日テントの前で見張りをしてくれている。

私も見張り代わりますよと最初の頃言うと、貴方たちを守るために、見張りをするんですよとにっこりと笑っていた。ハンナは意味がよくわからずリリアに聞いてみると、どうしても長期間ストレスマックス状態なので、女兵士を襲うやつらがいるから、という事だった。

魔道師長をしているドリューが見張りをしているテントにそうそう手を出そうとするやつはいないだろう。



***********

「魔王様、そろそろ本格的に戦の準備しませんか?」

「ん~、じゃあこの紙に名前と指示書いてるからそいつらのとこいってくれ。」

「はい、ってこれ本気ですか?」

「おー、マジだぞー。よろしくなー。」

最近バハルは何かを書いては破って書いては破ってを繰り返している。ああ、その紙高いやつなのに。それに今特にやらなきゃいけないことはない。めんどくさいと言いながら、昨日の夜から朝までに積み上げられていた書類はいつも昼にはすべて終わってしまっている。

前々魔王と前魔王は厄介な案件は机や本棚に隠していたせいか、バハルがなんとなくあさった場所からたくさんの未処理の書類がたくさん出てきて、城内と歴代魔王の部屋を捜索し見つけたたくさんの書類が毎日のように机に積まれている。歴代の魔王たちは仕事が嫌いだったようだ。


スラングは執務室を出て紙に書かれている者たちの元へと向かう。

絶対人間達との戦の前に、魔族同士でひと悶着あるな、と思いながら深いため息をつく。


まず最初に向かったのはライアンのところ

「ライアン前魔王様、バハル殿下からの……って何をしているんですか?」

「え!?いらっしゃいスラング。ああ~これ?ははは、刺しゅうだよ。母様が最近はまってるらしくて見てたら面白そうで僕もやってみてるんだ……そんな目で見ないで……」

ライアンは両手で顔を覆う。ライアン殿下の顔は少々女顔だが、まさか趣味まで女になってしまったのだろうか。

「で、兄さまから何だって?」

まだ真っ赤な顔でスラングを見る。あと前魔王ってやめて、と小声でつぶやいた

「ではライアン殿下、魔王様より魔王軍直属軍の大将に任命されました。ですが、魔王軍、の大将と言ってもライアン殿には他の者には出来ない任務に就いてもらいます。」

「え?重要な仕事?めんどくさいことじゃないよね?あ、でも僕しかできないってことは信頼されてるんだね、うれしいなあ」

めんどくさい、と言いながらうれしそうに子供のように笑っている

「任務の内容はこちらの封書に書いております。読んだら燃やしてください、とのことでした。」

スラングから一通の黒い封筒の手紙を受け取り、便せんを出して読む。

一瞬驚いた顔をして、考え込む。そして、了解した、と伝えてくださいと言いながらライアンは手紙を魔法で燃やした。



そして次に向かうのは、ジグルである。できれば行きたくない。他のだれか変わってくれないだろうか。

ジグルの部屋のドアをノックして、中から入れと言われて失礼しますと言いながら入る

「なんだ、スラングか。お前が俺のところに来るなんてめずらしいなぁ。」

不機嫌そうに椅子に座りながらワインを飲んでいた。

「魔王様よりジグル様へ伝言です。近々開戦される戦には参加せず、自室で待機するように、とのことでした。」

ちらりとジグルの顔を見ると、みるみる顔が鬼の形相へと変わり、体を震わせている。

ああ、だから嫌だったんですよ。暴れてこのままバハル殿下のところに行きそうな勢いですぞ。

と思ったが、ぐっとこぶしを握り、了解した、と口にしあっけにとられていると早く出て行けとぶちぎれられる。


他のバハル殿下の兄弟のところと、力の強い者の元へいき、手紙を間違えないように渡していく。すべて内容が違うので絶対間違えるなよ、と念を押されているので何度も確認してから部屋をノックして渡して、の繰り返し。ジグルに手紙がなかったのは、あいつ宛に書くと思うと吐き気がした、言っていた。

昼休憩の後に取り掛かったが、もう陽が傾きかけている。

紙に書かれた名前のところにすべて回ったか再度確認して、魔王様の執務室へと戻る



「おー、お疲れ。」

バハルはソファーで横になっていた。

「私が仕事している間なにをしていたんですか?もしかして寝てたんじゃないでしょうね?」

「さぁ?どうだろうな。」

ニヤニヤ笑いながら起き上がり、机のほうへ行く。

「なんか言ってたか?」

「皆さん、考え込んで渋々了解したもの、、手紙を見て安心した者、納得できない様子のお方もいましたな。」

「まあ、そうだろうな」

前々魔王の息子や強いからといって、皆戦争に参加したいわけではない。参加したくないもの、戦争に参加することにより、俺の指示に従わなさそうでめんどくさいことになりそうな者には自室で待機するようにと手紙に書いていたのだ。

「まあ、一人従わねえ奴がいると思うが、その時はスラング、頼んだ。」

「本気で言っているんですか?彼は今魔族の中で三番目に強いと言われているんですよ。」

もう二人が従わない奴が誰かわかっている。

「確かにな。だがそれは決闘で参加したものの中で、だ。お前の力は俺がよくわかっているよ。」

「こんな老いぼれにそんな仕事を回さないでほしいですなぁ。」

はっはっは、くっくっく、と楽しそうに笑っていた。。

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