第28話 馬車に揺られて

ハンナは馬車に揺られて魔族領へと向かっている。

魔族領まで2か月かかると言われてとても憂鬱な気持ちで外を見る

普通に歩いていけば1か月で着くらしいが、たくさんの兵糧や武器、野営の道具、兵士を連れての移動のためどうしても遅くなってしまうのだそうだ。

隣国のブリスター、ヘルタイン、デルブルクの3ヵ国も兵を出して戦争に参加している。

あとハンナは勇者と別行動をすることになった。

勇者は既に治癒魔法に長けているメンバーがすでにいるので別々の部隊のほうがバランスがいいと魔道師長にいわれた。

偽の聖女カーネリアンはたまに一緒に討伐に行ったりしていたみたいだけど、全く何もしなかったらしい。

勇者たちが魔獣駆除をしている間ずっと馬車の中で一人優雅に過ごしていたようだ。

経験を積むためAランクの魔獣と戦った時にも仲間たちを気にする素振りもせず、ボロボロになりながら無事討伐を終えて馬車の扉を開けると、護衛とアンアンしていて困ったなあ、と苦笑していた。

もうこいつには何も期待できないと思い、聖女には及ばないが治癒魔法の得意な高ランクの冒険者をメンバーに入れ、ずっと一緒にやってきたのでハンナが本物の聖女だからと言って、せっかく危険を承知で仲間になってくれたのにお役御免と言うのはできない、と言われたためだ。そんな優しい冒険者にそこは私の居場所だ、出て行けなんてとてもじゃないけど言えなかったので、別行動になっただけだ。




勇者やハンナは馬車で移動だが、将軍や偉い人以外は歩きなので大変そう。

兵たちに時々声を掛けてやってほしいと言われているが、一体何を言えばいいのだろうか

馬車の向かいに座っているのは魔道師長、あと不安だろうからと言って国王ハーネスが直々に出兵するようにと指名した冒険者リリアが隣に座っていた。

リリアの体か小刻みに揺れている。馬車のせいではなく、恐怖からかずっと震えているのだ。

「リリアさん、ごめんなさい。巻き込んでしまって。」

いいよぉ、と青い顔をしながら弱弱しい声で答える。リリアはずっと戦争にはいきたくないと言っていた。ハンナの縁のある人間を探し出し、リリアが指名されてしまったのだ。バハルとスラングは国内で見つからなかったらしい。少し期待していたのでちょっと残念。

ハンナは自分のせいで巻き込んでしまったリリアに申し訳なく思っている。

リリアは足の上に乗せたこぶしをぐっと持ち上げ声を出す

「戦争が激化して一卒兵として出兵を命じられるより聖女のハンナちゃんの側にいられるなら、生き残る確率上がるし!魔道師長もいるし!!!頑張って生き残ろうね、ハンナちゃん!!」

がしっとハンナの手を握り、強張った顔で必死に作り笑顔を作るリリア。

覚悟を決めたリリアにごめんなさいと言うのは失礼かと思い

「ありがとうございます。必ず生きて帰りましょう。」

ニッコリと微笑んでリリアの手を握り返した。


少しだけ顔色のよくなったリリアの手を離し、一人考え事をする


国王陛下は1か月遅れて国を出るらしい。

あまりに戦況が激化している場合るはもう少し遅れるか国に残るとか言っていた。国王のハーネスはあまり戦争は得意ではない、というか長年隣国とも良好な関係のため戦争を経験している人間はいないのでどちらかと言うと冒険者として生きている者のほうが使える、と魔道師長は言っていた。


馬車に揺られて半月、ただ一つ不満がある。こんなこと言ったら他の人に怒られるかもしれないが。

とにかく、お尻が痛い!!!




********

「魔王様、人間共が半月前にこちらに兵を向かわせていると報告が。」

執務室で黙々と、いやめんどくさそうに書類に目を通すバハル。

「ん~、わかった。」

短く返事をする。スラングは目を見開き

「あ、あのバハル殿下?対策を何か練らねば……」

バハルは手に持っていた紙を机に置き、顎に手をあて考えているそぶりを見せる。

「では、人間の領に近くに住んでいる者たちを半月以内に避難させよ。場所はそうだな、魔族領の中腹ぐらいまですべて避難させるように。終わったらまた報告してくれ。」

書類を再び手にとり仕事を再開する。

「そ、それだけでしょうか?」

「それだけだ。将にあげる者は後程伝える。」

スラングははあ、とためいきをつき頭を抱える。これをどうやって他の者にうまく伝えようかと頭を抱えた。


バハルが避難以外の指示を出さないことに、ジグルは苛立ち自室で荒れていた。

「くっそ!!魔族領に入ってきた瞬間すべて蹴散らしてしまえばいいんだ!魔族を避難だと!?人間を俺たちの領地にいれるつもりなのか!?あいつは何を考えているんだ!!」

侍女たちは壁に張り付き震えている。ジグルはどかりと椅子に座り足を組み、腕組をする。

ふととある考えにたどり着く。

ああ、そうか。俺があいつのいう事なんて聞く義理なんてねぇんだ。俺は俺の好きなようにさせてもらう!!!

ニヤリと笑い、自分についてくれるだろう魔族達に連絡を取るように側仕えにこっそりと伝えた。



バハルは最近、寝付けずに困っていた。

毎晩のように寝室に女がいる。誰だよこんなことすんのは

「魔王様、どうかお情けを。」

バハルも男である、少しは反応すればいいものを、抱きつかれたりすりっとバハルの男性の象徴であるものを触れられようと全く反応しない。まだ嫌がる相手をするほうが何倍もマシだ。

いや、ハンナが顔を赤くしながらこちらを見てくるだけで十分だな。

「……出ていけ。」

女にそう告げ、部屋から出て行かせる。あんな格好で部屋の外に出すのはかわいそうか、と思ったが、毎日のことでどんどんめんどくさくなり最初はかけてあげた上着も途中からしなくなった。

「スラング、もうやめてくれないか。」

すうっと背後から静かにあらわれた

「私だって好きで部屋に入れてるわけじゃないんですけどね。バハル殿下の父上ですよ。退位したとはいえ元魔王ですからね。断れないんですよ。わかってください。」

「何をわかれというんだ……」

バハルも若いころはいくらか女と体を重ねたが、子供ができるようなことはせずもちろん避妊もしていた。しかも相手はほとんど娼婦だ。

魔王の息子、というだけで女たちは喜んで身を任せた。だが、バハルが好きだからと言うわけで身を任せているわけではないと気がついだ時、娼婦にしか手を出さなくなった。


「俺は……しばらくはそういう相手はいらん。次寝室に入り込ませたら、不敬罪で即首をはねると父上に伝えろ。」

「了解しました。では、おやすみなさいませ。」

すっと姿を消し、部屋からどんどん遠ざかるのを確認してベッドに横になる。


ハンナに一度だけ襲い掛かったことがあるが、あの時はしっかりと膨張していたのにどうしちまったんだよ、俺の体につてる息子よ。

できることなら、ハンナを抱きしめて眠りたいと思いながら瞳を閉じた。

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