第27話 互いの気持ち

ハンナは王宮の中を案内され、とある一室に案内され部屋の中に入ると国王のハーネスと魔道師長がいた。

「やぁ、ハンナ!やっと来てくれたね!!」

両手を広げニッコリと笑うハーネスと、少し不機嫌そうな顔の魔道師長。

「私の気持ちを汲んでくれたのかな?さあ、今すぐ婚約式を……」

「違います」

きっぱりと言われ凹んでいるがすぐに笑顔になる。

「聖女として戦に出兵します。ですが、戦が終わったら普通の平民として生きたい、と思っているので国王陛下の申し出は受けれません。」

「なっ!?無事戦が終わればハンナは英雄になるんだ!平民として元の場所に戻ることはできない!」

「国王陛下、無事聖女としての務めを終えましたら魔道師長に変化の魔法をかけてもらえるようお願いします。」

深く頭をさげる。魔道師長は魔法に長けている。なかなか解けない魔法をかけてもらえれば生活に支障はないはずだ。

「陛下。聖女は勇者は国に縛られてはいけない存在なのです。戦に聖女として兵と共に出兵してくれるというのです。これほど力強いものはないじゃないですか。ハンナ様の仰せの通りにしなければ、隣国にお引越しされてしまいますよ。」

ハーネスはドリューを睨みながらぶつぶつなにかをいっている。

「では、ハンナ。魔法の使い方などこれから学んでいきましょう。」




それから魔道師長直々に魔法の使い方、戦い方を教えてもらうことになった。

ハンナ以外に勇者達も一緒に学んでいた。初めて会ったがとても優しい男性だった。勇者も髪は白銀で銀色の瞳、名前はエイベルと言うらしい。勇者とパーティを組んでいる数名と共に実践の訓練をし、少しずつではあるが魔法を使えるようになった。

王宮内で訓練するためハーネスも度々、いや毎日のように顔を出す。王宮に住むように勧められたが、毎日家から通っている。確かに少し遠い。家から王宮まで急ぎ足で1時間かかってしまうが私の帰る場所はあの家だけだと思っている。

理由はそれだけではない。ハーネスがなれなれしく、どんどん女の体つきになるハンナの体を嘗め回すように見たり、体にさりげなく触れてくるのが、とても不快だった。

王宮に住むようになれば、部屋にまで来たりしそうだ。何をされるかわからない。

適当に理由をつけても流されてしまう。

魔道師長はそんなハーネスとハンナに気が付いたらすぐに助けるように側にやってきて助け船をだしてくれる。

できればハーネスを訓練場に入れないでほしいが、視察と言う名目で来ているのでそれは難しいと言われた。あれでも一応国王なのだといって、申し訳なさそうな顔で謝ってきた


ほぼ毎日嫌なやり取りをしながら魔法の扱い方、時々短剣の扱い方も教えてもらい毎日一時間かけて家に帰る。

今日もバハルの部屋で眠る。バハルもスラングもいない、静かな家で一人、眠るのにも慣れた。

寂しくて、バハルやスラングに会いたくて泣く日もある。バハルの枕に涙をこすりつけてやった。


出兵を予定していた日よりも大幅に過ぎ、1年経過していた。

ハンナが聖女としての力をある程度つけるまでは危険で許可できないと、下心むき出しの国王ハーネスを説得したのは魔道師長と勇者の判断だった。

魔族領への出兵も近づき聖女としての服も用意されたがバハルがくれた服以外着るつもりはない。上からはおるマントは軍に所属する兵士全員が着るため渋々着る。

出兵する日取りが決まり、あわただしくなってきた夏のある日、私は15歳になった。




出兵当日、朝早く目を覚まして準備をするためベッドから立ち上がる。

いつもと同じようにバハルのベッドで寝た。

しばらく家を離れるので家にある食材をすべて料理してしまおうと一階に降りてリビングに向かう。

すべて料理して机に並べたら思った以上に量が多くて苦しい。作っている間はとても楽しかったのでよしとしよう。

部屋に戻って着替える。うう、お腹が苦しい。

腰にバハルからもらった短剣、支給された長めの剣を腰に差す。

国王ハーネスは聖女に剣は不要だと言ってなかなか渡してくれなかったが、何かあれば自分を守るのは自分しかいないのでありがたくいただきますというと、しぶしぶ渡してくれた。

腰まで伸びた髪を高く結い上げ、頭上で揺れる。

「行ってきます。」

誰も返事がないが習慣になっていた。

振り返り、静まり返った部屋をじっと見る。

瞳を閉じればスラングがエプロンをつけて笑顔で料理をしている。バハルが頬杖をついてご飯を食べて、スラングが行儀が悪いとお玉で頭を叩く。そんな二人を見て私は笑った。当たり前だったあの日が懐かしい。

バハル達が一体何者だったのかわからないが、あの地下から、劣悪な場所から救い出して私にかかった魔法もすべて取り除き、わが身に降りかかった不幸すらもすべて明るみにしてくれた。家族のように接してくれた。

バハルがどうして唇を重ねてきたりしてきたのか、私のことが好きだったのかな?と思ったりするけれどバハルはあまり口数が多いほうじゃなかったから分からないけれど、私は彼が好きだ。

バハルがいなくなって、好きだという気持ちがはっきりとわかった。

彼も同じ理由でキスをしてくれていたのなら幸せなのに。

ゆっくりと扉を閉じて鍵をかける。

振り返ると兵が数名立っていた。兵は一礼し

「聖女様、お迎えに参りました。」

「……行きましょう」

ハンナは王宮へ向かった。




*************

空は暗く、部屋は月明かりが照らしている。

バハルは椅子に座り、紅茶を飲んでいた


「戻ってきたか、スラング」

そういうと暗闇の中からすっと姿を現す一人の男

「只今戻りました。バハル殿下、いえ魔王様。」

バハルはちっと舌打ちをして髪をがりがりと掻きながらスラングの方見る。

「あー。お前にそう言われるのなんか気持ち悪い」

「相変わらず失礼ですな。育て方、間違えてしまったようです。」

はっはっはっと笑いながら側に寄る。

「ハンナは聖女になったんだな。」

スラングがここにいるという事はハンナが聖女になった決心をしたという事だ。

「ハンナはあの服に気が付いたか?」

「はい、すぐに気がつかれましたよ。しっかりとこの目で着ている姿も見てきました。」

ちっと舌打ちをし、俺が最初に見たかったとぼやく。それなら最初から手渡しすればいいものを。と思ったが、心の内にしまう。


自分ががいなくなった後のことを詳しく聞き出したあと、部屋から出ていった。

バハルはハンナに会いたくて仕方がなかった。

ハンナが聖女として生きることを選ぶことは分かっていた。

ハンナに会える嬉しい気持ちもあれば、戦場で会うことになれば自分たちは敵同士として対面することになる。

出来れば戦場で会うことは避けたい。

ハンナは俺の本当の正体を知ったら許さないだろうか。

憎しみに顔を歪めて、俺を嫌悪するだろうか

だがそんな顔すら見たいと思える。

幸せになってほしいと願ったはずなのに、今すぐにかっさらいに行きたい衝動を抑えるかのように、ふう、とため息をついて冷めた紅茶を飲み干した。



俺は ハンナを愛している。

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