第26話 敵になる

「よお、バハル。」

背後から名前を呼んだ魔族の男、ジグルだ。

前魔王の息子の10人いるうちの5番目である。

「ライアンがこんなに早く魔王を辞めるなんて笑えるよなぁ。まさかバハルが戻ってきて参加するとは思わなかったけどな。」

バハルが魔族領に帰ってきて3日後、ライアンは魔王を退位することを表明した。

魔族は特定の人間に王位を譲渡することはできない。魔王が退位を表明した数日後に決闘を行い、魔王の息子は強制参加、魔王になりたいものは誰でも参加できる。

そして今日、決闘が行われる。

バハルはジグルのことはあまり好きではない。腹違い、という理由だからではなく、ただ絡んでくるのがめんどくさいだけである。

「あー……、気分だ。」

頭をがりがりと掻きながらけだるそうにするバハルに、イラつくジグル。

「おめえが万が一魔王になっても、ぜってぇお前の命令なんてきかねえからな!!!」

「あ、そ。好きにしろ。」

バハルはどんどんめんどくさくなってきたので早足でその場を離れる。

後ろからジグルからすごい殺気を放たれているが無視してそのまま歩いていく。


(みてろよ!強いとはいえ、俺よりも150も年上なんだ!昔より衰えてるはずだ!!)

ぎゅっと拳を握りジグルも決闘場へと向かう。




そして決闘場にぞろぞろと参加者が集まる。

「バハル兄さま……がんばってください」

心配そうな顔をするライアン。

「何だライアン、俺が負けるとでも思ってんのか?年取ったとはいえ、まだまだ元気だぞー。」

ライアンの頭に両手を添えてぐしゃぐしゃと掻きまわす。

「ちょっ!?兄さま何すんの!?魔王として最後の大仕事なんだから朝からセットした髪をぐちゃぐちゃにするのはやめてくださいよおおおおお!!!」

わりぃ、とぽんっと頭を叩いて闘技場の中へと入っていく。

後ろから兄さまのばかあああああ!!と叫んでいるが気にしない。気にしたら負けだ。



50人弱くらいの魔族が既に闘技場の中にいた。

皆、バハルよりも若く目をギラギラしている。

そんな魔族達にバハルは叫ぶ

「めんどくせえから、ここにいる奴ら全員で決闘して勝ったやつが魔王になろうぜ!さあ、やろおうぜ!!!」

本来ならトーナメント式なのだが、何回も戦うのは面倒だ。

そういうと若い魔族達は一斉にバハルを睨み、てめぇ、ふざけたこといってんじゃねえ!なめてんのかぁ!と言う叫び声が闘技場に響く。

ライアンは開始の合図僕なのに、ぼくの仕事取らないでよ、と小さくぼやく

魔族達は剣を抜いたり魔法をバハルに放とうとする。

だがびくりと体を震わせ、誰一人バハルに近づけない。

バハルは体中から殺気を出し、魔族達を睨みつける。

そして、ジグルもまた体がまるで締め付けられたかのような息苦しさ、震えが止まらない。

魔王の息子たちは強制参加のため、戦意のないものは最初から闘技場の端に立っているが、かすかに体が震えている。

というか、魔王の息子で参加しているのはジグルとバハルのみである。

「……なんだ、誰も来ねえのか?じゃあ、俺からいくぞ……」

ニヤリと笑い、剣を抜き一振りしたかと思うと男たちは一歩も動けず無数の風の刃が襲い血吹雪が舞う。バハルの姿が急に見えなくなったかと思うと、上から押し付けられているような重圧を感じ地面に傷だらけの体を地面に押し付けられる。

体中の骨がミシミシと音が鳴り、ぐああ、と男たちは声をもらす。

「やめっ!!」

ライアンがいつの間にか立ち上がり片手をあげて、終了の合図をすると体が楽になり皆ほっと息を漏らす。

「勝者バハル!!戴冠式は二日後執り行う!」

バハルは黙って闘技場から出る。

一瞬で決着がつき、誰一人、バハルに傷をつけることも、近づくことすらできなかったのだ。



何事もなかったかのように歩くバハルに、近づいてくる足音が一つ。

そして勢いよく腰にしがみつく。そんな男はバハルにとっては一人しかいない。

「バハル兄さま!すごいです!僕の時はジグル兄さま相手でもギリギリだったんです。流石魔か……っふぐうっ……」

バハルはライアンの口を手で押さえる。

「それ以上は言うな……」

「むぅ、バハル兄さまはあの二つ名嫌いなんですよね。かっこいいのに」

「俺がつけたわけじゃねえし、勝手につけられただけだ。」

ライアンを腰につけたまま何事もないように歩く。

「ってか、兄さまいいの?」

腰にしがみつく力をこめる。

「あ?何がだ。」

もういい加減はなれてほしい。歩きにくい

「兄さまには、イイヒトがいるんですよね??連れてきてないみたいだし、本当は帰ってきたくなかったんじゃないですか?」

ぴたりと止まり、ゴゴゴと効果音をつけライアンを睨む

「連れてきたかったが、まあ、訳アリだ。っていうか、誰から聞いたんだ」

「あっ、バハル兄さまの側近の誰だっけスカンク?からの手紙に書いてたよ」

「……スラングだ。」

なんだよ、スランクって。小動物みたいな名前と間違えるなよ、笑いそうになっただろ。

「スラングか。戻ってきたらお仕置きしなきゃだな。」

「え、やめてあげてよ。僕が兄さまの側に誰かいるのって聞いただけだから!!いい人かどうかは言ってなかったし!僕が勝手にそう思っただけだからね!スラングだっけ?ゆるしてあげて!!」

「ならお前にお仕置きだな」

がしっとライアンの頭をわしづかみにしてずるずると引きずる

「僕、これでもまだ魔王だからああああああ!!だ……だれかあああああ!!!」

という叫び声をだすが誰も来てくれない。

そのまま部屋に連れ込まれてギャーッという声が空しく廊下に響き渡った。



そしてこの日、バハルはハンナの敵になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る