第25話 覚悟を決める

リリアと別れ、家に帰ろうとするがまだ兵は付いてきている。

スラングは門の中に入ると家に帰るのだろうか、ハンナが家に帰る頃にはすでにご飯の準備が終わっている。

兵たちが何かしてくるわけではないが、気分のいいものではない。急ぎ足で家に向かい、家の中に入る。

「おかえりなさい、ハンナ」

バハルはいないが、スラングがいるだけで心が落ち着く。ほっと息をもらしただいまと返す。

スラングはいつものようにエプロンを着て料理をしている



バハルと別れてからいろんなことがあった。

前国王は辺境の地の牢に入れられ、主犯となった側室・カーネリアンはすぐ刑は執行され斬首された。伯爵は罪人として葬られていたが無事、伯爵の地位に戻された。伯爵が担当してた領地の後任の領主は国王と加担し、自分の罪を伯爵に擦り付けたことの罪で前国王と同じ牢に入っている。

刑が執行されたからといって、心の中のしこりは消えないけれどその後スラングと魔道師長と共に私が幽閉されていたという伯爵の館に行った。地下に捨てられた誰かわからない骨を丁寧に弔い、自分がとても劣悪な環境にいたことを知る。

地下はとても劣悪な環境だった。鼻をふさぎたくなるような異臭、真っ暗で何も見えない地下。こんな場所に自分はいたのか、と体が震えた。

ハンナの存在に気付いたのはバハルで、何重にも掛けられた魔法すらバハルが簡単に解除してしまったという。魔道師長ですら見つけることはおろか、解除もできない魔法だらけでバハルがどれだけ強くて規格外なのか今更知った。

もしバハルがここに立ち寄らず、私に気付かなかったらここで一人で朽ちていったのだろう。


もしかしたらバハルもどこかの国の魔道師長ぐらいの地位にある人なのかもしれない。



椅子に座って考え事をしているとどんどん料理が目の前に置かれていく。

「スラング、これ二人分だよね?」

「?もちろんですよ。ハンナはもっと食べて力をつけなきゃですよ。」

料理を並べ終わりスラングも座り食べる。流石にこの量は無理だよ、と思いながら口に運ぶと、スラングの料理はおいしい。ばくばくとついつい食べてしまう。そしてお腹の苦しさにしばらくうなされる、いつも腹八分目でおさえようとするが、残すのは申し訳ないという気持ちと、食べたい気持ちが抑えられない。うう、これじゃあまん丸くなっちゃう。


うなっているとコンコン、と玄関がノックされる。

ちらりと玄関を見る。

「魔導師長ドリューです。陛下よりお預かりした手紙を持ってきました。」

ま、国王のハーネス直々にくるよりいいか、と玄関を開けて中に入れる。他の兵も入ってこようとしたが、スラングが制止してドリューのみ家に入れる。

ドリューは手紙と花束を持っていた。スラングが受け取り手紙のみハンナに渡す。

スラングが座っていた椅子にドリューを座らせ、お茶を出そうと準備をするがすぐ失礼するので必要ないと断られる。

あの後ハーネスが国王の座についた。魔道師長は幹部に第二王子を推したが皇太子のハーネスが健在しているためてそのまま国王となった。

以前はハーネスが毎日のようにやってきた。最初は聖女としてぜひ王宮に招かせてください、聖女として共に戦おうと言ってきただけだが、そのうちぜひ我が妻にと言い始めたので家に入ることも来ることも拒否した。ハーネスには正妃も側室もたくさんいるのにこれ以上増やしてどうするのだろう。

ハーネスはこちらの意見を聞かずほぼ毎日来ていたので、これ以上来るようならこの国を出ていくというと、手紙をよこすようになった。


スラングは花束を適当な場所に、というかゴミ箱?におき、机に残された皿を片付ける。

ドリューは苦笑いしながら花の末路を見る。

「食事中だったか、申し訳ない。」

「もう食べたよ。魔導師長さんも仕事なんでしょ、仕方ないよ。」

ドリューは申し訳なさそうに謝る。

ドリューだけが唯一家の中に入れるので毎日のようにハーネスから渡された手紙を持ってくる。

手紙の封を開け読むが いつものような内容だ。

自分がどれだけ素晴らしい人間か、そして魔王討伐にどれだけ力を入れているか、魔王討伐が済んだ後、ぜひとも妻になってほしい、そこらへんは適当に流して、いつもと違うまじめなことも書いてあった。

ハンナが聖女として共に戦ってくれるのならば、一人でも多くの兵が救われると。300年前の戦で何万という兵が傷つき、兵は捕らえられ劣悪な環境の牢に閉じ込められたくさんの命が失われた。ハンナの聖女としての力で魔王を浄化し、兵の傷を癒してほしいと。


「部屋に戻らせてもらいます。」

ハンナは立ち上がると、ドリューもお邪魔しましたと家を出ていく。

階段に足をかけ、スラングのほうへ振り返る。

スラングは微笑み、ただ一言、ハンナのお好きなようにしなさい、と言った。

ぐっと唇をかみしめて階段を駆け上がり部屋に入ってベッドに倒れ込む。

暗く前が見えない牢が怖いのは、なんとなく覚えているあの風景を思い出す。戦争が始まればたくさんの人が傷つき、捕虜として捕らえられるだろう。体を震わせ、どうしたらいいの、と声を漏らす。

三日間どこにもいかず、ドリューも毎日きていたが家に入れず、リリアは心配してきてくれたが玄関先で大丈夫だよ、と伝え、すぐに部屋にこもりどうするか考えていた。


そして四日目の朝、ハンナは部屋を出てスラングに話す。

私、聖女としての務めを果たす、と。




「ハンナ、聖女として生きていくのですね。」

「うん。」

「ハンナ、バハルの言葉を覚えていますね?」

はっと顔を上げてスラングを見る。

「……私が聖女として生きると決めたら……スラングも出ていくのね……?」

悲しそうにスラングは頷き、そうですと答えた。

なぜ聖女になったらスラングさえ側にいてくれないのかわからない、なにか理由があるのだろうか。さびしいけれど、聖女として生きると決めたのなら、覚悟を決めなくてはならない。

「明日、王宮に行くわ。でも今日はいなくならないで。王宮に行くまで側にいてほしい。」

「もちろん、いいですよ。」

さあ、今日は何をしましょうか、と笑うスラング。一緒に昼ごはんの準備をして、一緒に買い物をして過ごし部屋に入る。

自分の部屋ではなく、バハルの部屋に静かに入り、ベッドに座る。

もうバハルのにおいも何も残っていない。

カーテンは白、タンスが一つしかない部屋。

私が使っている部屋も最初は何もなかった、けれどどんどんバハルとスラングが絨毯やぬいぐるみ、筆記用具などたくさん買ってきたので自分の部屋は狭くなっていた。

バハルがいなくなって、さびしくて服か何か残ってないかとタンスを開けようとしたが、何か引っかかってるかのように全く開かなかった。

ふとタンスに目を移すと、開かないと分かっているのになぜか開けたくなった。

ベッドから立ち上がり、タンスに手をかける。

すると、開かなかったはずのタンスは簡単に開いた。

そこには銀色の糸で刺しゅうされたとても美しい白い服が入っていた。

手に取ると肌触りがよく、羽のように軽い長めのワンピースだ。

はらりと一枚のは二つ折りの紙が床に落ちる。

震える指で紙を拾い、広げると



勝手に開けるなど、いつの間にそんな子になってしまったんだ?

これを手にしているという事は聖女として生きることを自分の意思で決めたのだろう。

この服を着たハンナを見れないことは残念だ。



初めてみるバハルの字。少し荒々しくあまりきれいとは言えない。

ハンナは服と手紙をぎゅっと胸に当て、小さくバハルの名前を呼びながら涙を流した。




「スラング、おはよう」

「おはようございます、ハンナ。」

振り返ると銀色の刺しゅうのされた足首までしっかり隠れる白いワンピースを着ていた。

「へ……変じゃないかな?」

髪を触ったり、服を触ったりきょろきょろしているハンナ

「よく似合ってますよ。」

そう口にすると嬉しそうに満面の笑みで笑った



***********


私は王宮の前にいる

息をすって~、はいて~、気持ちを落ち着かせる。

そして覚悟を決めて王宮の門にいる兵に話かけ、中に入る。

振り返るとスラングは立ち止まっていた

「ハンナ、ここでお別れです。あの家はお好きなようにしてくださいね。」

じわりと涙がにじむ。

父親のように厳しく、時に母となり言葉も字も料理も所作も剣の扱い方すら、すべてスラングに教えてもらった。

「ありがとう、スラング」

スラングは嫁いでいく娘のような瞳でひらひらと手を振っていた。

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