第21話 ハンナの家族

バハルと手を繋ぎ町を歩く。スラングはお留守番だ。

最初の頃は外に出歩くこともできずバハルかスラングに抱っこしてもらって町を散策した。だんだん体力がついてくると、自分の足で最初は少し、慣れてきたら歩く距離を長くして町を見て回った。

意識が戻る前のことはほとんど覚えていないが、暗くて変なにおいが鼻につく場所だったとなんとなく覚えている。

ちらりとバハルを見上げると、少しだけまだ険しい顔をしているけれど、なぜそんな顔をしているのかわからない。

見られていることにに気が付いたのか、ハンナをちらりと見てかすかに笑った。

花屋に寄り一輪のユリの花を買いハンナに渡す。

きれいに咲くユリの花。片手はバハルと手を繋ぎ、もう片方はユリの花を持つ。

少しだけ町の中を見て回り、門へ向かう。ハンナは門の先に行ったことがない。

繋ぐ手にぎゅっと力がこもる。

誰かに売られるのだろうか、捨てられるのだろうか、それともまたあの場所に?

あの場所?あの場所ってどこだっけ、と考えているといつの間にか門の外に出ていた。

門から少し離れた開けた草原で立ち止まり、バハルがハンナの顔を見る。

バハルの顔がゆっくりとハンナの顔に近づき、唇と唇が触れ合う。いきなりのことで目を見開きバハルを見る。

久しぶりに触れたバハルの唇が少し冷たいような気もする。嫌とかじゃなくて、嬉しい気持ちをおさえ瞳を閉じる


そっと腰に手を当て、引き寄せるとハンナの口の中にぬるりと舌を入れる。

ハンナはびくっと体を一瞬震わせたが嫌がらず受け入いれる。

ハンナの舌をバハルの舌が何かを描くようになぞる。

「んっ……あぁ……」

ハンナの顔が赤く染まり、小刻みに触れる。

逃れられないようにしっかりと抱きしめられているせいかバハルの体温が心地いい。



ふと、ハンナは気づく。

どんどん胸の奥から熱い、何かがじわりじわりと溢れてくるのを。

自分の体の異変に気が付くころにはバハルの唇は離れ、ハンナの両手を大きな手で包むように掴んでいた。


体が熱い!!!


体の熱は治まらず胸の奥から何かがあふれ出しているような感覚に襲われる。

「バハル……体があつ……い」

手を握る力がこもると手の平からどんどんバハルへ流れていく。

何度かバハルが手を握り自分の体に暖かいのが流れ込んできたのとは逆で、自分が体からバハルへ熱を流し込んでいるかのようだ。

「バ……ハル」

「ハンナ、大丈夫だ。」

耳元で囁きおでこをくっつける。

「バハル、こわい……」

バハルを見上げると、顔が少し苦痛に歪んでいた。

冒険者の仕事をしていても、きついだの辛いだの一言も言ったことのない人がなぜか今苦痛に歪んでいる

私がこんな顔にさせているの?治まれ!とまれ!

ぐっと両目をつぶり心の中で念じるように繰り返し唱える。

ゆっくりと体の熱は治まり、完全におさまった。

ふぅ、とお互い息をつく。

「バハル、私に何かしたの?」

真顔で何も言わずハンナの首にある首輪に触れる。

「ハンナ、お前を自由にする。」

そう一言言うと首輪はこなごなに砕け散った。


「な……」

なんで、と口を開く前にざりっと音がして周りを見渡すと黒いフード付きのマントを着た10人ほどの男が周りを囲んでいた。

いきなり現れた人たちに驚きバハルにぎゅっと抱き着く。


「お前らがハンナを地下に閉じ込めていた奴らか?」

「……泉、のことでしょうか」

男が一人口を開く。ハンナのことを泉だといったがこいつらに間違いなさそうだ、でも他の人間にわざわざ魔力を流す目的が分からねえ。聞いても簡単に口はわらんだろう。

ハンナは状況が分からずきょろきょろとしている。

「泉、いえハンナをこちらへ」

先ほど喋った男が近づき手を差し伸べる。

ハンナはバハルの背に隠れる。

「さっき聞いたことに対しての返答はなしか。訳も分からねえ奴にハンナは渡せねえよ。」

「……渡しなさい。」

男の口調がさっきよりもきつくなり、少しずつこちらに近づく。


「渡せねぇっつってんだろおおおおがあああああ!!!!」

バハルの体から殺気が放たれ剣を抜くと男たちも剣を抜き構える。

どすっと剣を地面に差し、何をしてるんだ、こいつは、と言うような雰囲気になっていたが少し地面が揺れたかと思うと隆起し、男たちを襲う。

「んなっ!!!!??」

男たちは悲鳴にも似た声を出し逃げようとするが、地面が意思を持っているかのように男たちに襲い掛かる。体を地中に引き込まれたもの、土が腕や足を貫かれたものもいる。

驚いた声から、痛みを上げる悲鳴に変わる。

「ぎゃあああああ!!!」

先ほど喋った男のみを残して黒いマントをきた男たちは血まみれで倒れた。

一人残された男は無傷というわけでもなく、マントは破れ、いたるところから血が噴き出していた。

「ぐっ……」

(何重にも掛けられた魔法を説いたやつなのだ、弱いはずはないと思っていたがこんな一瞬で我らをここまで追いやるとは!!!!)


「俺の殺気を浴び意識を失わなかったことは褒めよう。で、先ほどの返答を返す気になったか?」

地面に刺さった剣を抜き、男へ向ける。

この男に勝つことはできない、いや勝てる相手ではないと最初から分かっていた。話さなければこの男にこの町を、この国を吹き飛ばされることもあり得るだろうと判断する。ふう、とため息をつき、手に持った剣を投げ捨てる。

「私はアルバン帝国魔導師長、ドリュー!すべてを話す!ここにいる者にこれ以上手を出さないでほしい!」

「嘘偽りないか?」

「真実を話す!!!」

魔導師長もまた疑問を持っていたことであったため、この者ならばこのままハンナと呼ばれた本物の聖女を救い出すことができるかもしれない。



剣を鞘に戻し、適当に座れそうな場所を探すが見つからない。そのまま地面に座り込みハンナを膝の上に乗せると、ひゃあと言う声が聞こえたが、聞こえなかったふりをする。

ドリューは少し距離を置き、向かいに座り話し出す。それはとても気分のいいものではなかった。



***********

14年前の暑い夏の昼頃


「お館様!アリアが産気づきました!産婆をお呼びしても!?」

「構わぬ!早く呼んでやれ!!」

お館様と呼ばれた男はテッド・アシュベリーと言う名の、伯爵の位を持つ心優しい貧乏な貴族だった。奴隷として側にいる者も家族や普通の労働者のように扱い、あまり裕福とは言えなかったが治める領民からも家族からも、信頼されていた男だった。

「産婆さんがきました!」

「産気づいたのはどなたですか!?」

急いできてもらったからか息が上がっていた

「ああ、この者なのだか……。」

この者と呼ばれた女性の首に隷属の首輪が付いている。

「まーたですかアシュベリー伯爵、そんなんだからお金がないんですよ。」

小言を言いながら持ち場に着く産婆。よろしくたのむ、じゃあ、がんばれよ、と声を掛け部屋を出る。

5時間ほど経ち産声が聞こえたとき、アシュベリー伯爵は執務室で仕事をしていた。

バタバタと走ってくる侍女たちの足音で、無事生まれたのだろうと安堵していた。

ノックもなしに開けられたドアはバタァーン!と勢いよく開いた。

「お……お館様、すぐにきてくださいませ!!」

何をそんなに焦っているのだろう、もしかして奇形だったとかか?最悪死産だったのだろうか。それならさぞかしアリアは悲しかろう、と椅子から立ち上がり侍女についていく。

部屋に入ると、伯爵は目を見開いた。

それはそれは美しい白銀の髪をした赤子だった。

「こ……これは……」

驚いた顔をしたもの、泣きながら喜ぶもの、多様だったが、アシュベリー伯爵はとても喜んだ。

奴隷の子供で生まれたとしても聖女は人権を守られ、両親は奴隷でなくなる。そして、奴隷の保有者は多額の報奨金をもらえる。そのお金があれば領地にもう少し手をかけてあげれる、いやここにいる奴隷を平民に買い戻してあげることができると、涙を流して喜んだ。そう口にした領主に側にいた奴隷も侍女も自分たちが仕える伯爵の優しさに涙した。

早く奴隷の身分から解放してあげたいという一心で国王に早馬で知らせた。



だが、国から来た使者の言葉に悲しむ間もなく恐怖の叫びが館に響き渡った。


「国王陛下のお言葉である、謹んで聞くように。テッド・アシュベリー伯爵は奴隷の子供を聖女だと嘘偽りを報告し、多額の報奨金を着服しようとした罪、赤子をこれよりこの館の地下に閉じ込め死ぬまで幽閉とする。伯爵は度重なる不正により伯爵から地位を落とし罪人とする……これよりこの場で刑の執行を行う!!」

兵は一気に剣を抜き伯爵たちに剣先を向ける。

何のことを言っているのか全く理解できず伯爵は何かの間違いだと必死に弁明するが、男たちは全く聞く耳を持たない。伯爵だけでなく侍女、奴隷、そして出産に立ち会った産婆すら切り捨てた。

「なぜ!!!なぜこのようなことをおおおお!!!」

伯爵は涙を流し首を切り落とされる。伯爵は無実を証明する機会も与えられず切り捨てられた。

他の貴族の罪もすべて伯爵に擦り付けられ無念の死を遂げた。


亡骸はすべて地下にある部屋にまとめて捨てた。

兵と一緒に来ていた前魔道師長が赤子に最初に魔力を誰かに流すための魔法をかけた。

次に食事をとらなくても大丈夫なように、赤子ゆえ鳴き声がうるさいため声も奪った、声は奪ってもバタバタ暴れて体が痛むのでさらに魔法を重ね、どんどん重ねていき、気づ付いたころには誰にも解除できないくらい魔何重にもかけていた。


2年おきに泉の様子を見に行くことになったが、最初の2年目でどんどん荒れ果てていったため保存魔法をかけ、これ以上荒れないようにしそれからも2年おきに確認をしていた。

ドリューが魔道師長になってから確認に行く回数を増やし少しでも何か食べさせようとしていたが失敗に終わっていた。ハンナがいなくなったと気づいたその日も流動食を片手に地下に入ったら牢は壊されていた。

泉がいなくなっていたため既に国王と偽物の聖女に報告済み、という事だった。



「……偽の聖女、カーネリアン王女は王女ですらないんです。」

「は?」

ふう、と深いため息をつき、魔道師長はまた話し出す。

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