第20話 ユリの花

ハンナが朝目覚めるとバハルはいなかった。

部屋を出て一階に降りるとエプロンをつけて朝食の準備をしているスラングがいる。

パンの焼くにおい、野菜が溶け込んだスープのにおい、今日はベーコンもついた目玉焼きもある。

いつもと変わらない朝、なのにバハルがいない。

「スリャング、バハリュは?」

椅子に座りながらスラングに聞いてみる。

「昨晩お出かけになってからまだ帰ってきておりません。」

コトリ、とハンナの目の前にスープの入った皿を置く。

自分が意識を取り戻して、バハルが側にいなかったことなど一度もないのに。

ハンナの瞳から涙がこぼれる。昨日のバハルはおかしかった。けれど何をされるのかわからなくて怖くてやめてほしくてバハルを拒否した。あのまま受け入れていればよかったのだろうか?

スラングはそんなハンナを見て

「ハンナ、気にすることはないですよ。ただ昨日は頭を冷やしに行って思っている以上に冷えなくて、長引いてるだけです、そのうち帰ってきますよ。」

ハンナの前にどんどん料理が置かれていく。

「食べて元気出しなさい。」

涙をぬぐいスープを飲む。

「おいしい。」

スラングは笑いながらハンナの向かいに座り一緒に食事をとる。


早く帰ってきて、バハル……

昨日なぜあんなことをしたのか聞きたい気持ちと会いたくないを抱えて黙々と食べづけた。




********


こめかみから角が生えた、黒髪黒目の男は右手に剣を持ち血まみれで立っていた。

男の周りにはAランクSランクと言われているたくさんの魔獣が木っ端みじんに切り刻まれ散らばっていた。

習慣になってしまったのか魔石をしっかりと取り、使えそうな素材を探すが細かく刻みすぎて使えそうな部位はないようだ。

周りを見渡すが周辺には小物の魔物もなにもいないようだ。

まだ冷めぬ気持ちにちっと舌打ちをする。

バハルは体に着いた血を魔法で落とし他の魔物がいる場所へと移動した。




*********


家を出て三日目の静まり返った夜、バハルは家の玄関を開け中に入る。

リビングの椅子にまた座って待っていたスラング。

「おかえりなさいませ、バハル」

椅子から立ち上がり、ご飯食べますか?と聞いてくる。

お前は母さんか嫁か。

「いや、いらない。」

マントを脱ぎ、椅子に引っ掛け座る。

「ハンナが心配しておりましたよ。一体どこで遊んできてたんですか。もしかして迷子……」

「断じて違う。頭を冷やしてきただけだ。」

頭をガシガシと掻く。そんなにに掻きむしるとはげますよ、と笑う

「スラング、半年後魔族領へと戻る。」

「魔王になる決意をされたんですね!弟君もさぞかしお喜びになります!」

「スラング、お前に頼みがある。」

神妙な面持ちで話し出すバハル

バハルが口を開き、最初は真顔で聞いていたが、顔が青くなったり考え込みながらも話を最後まで聞き椅子から立ち上がり胸に手を当て頭を下げる

「必ずバハル殿下のご希望に添えて見せましょう」

バハルは苦笑いしながら、頼んだと一言言い二階に上がる。

部屋のドアを開け中に入る。

バハルが入った部屋は今までハンナと使っていた部屋ではなく、空いたままの部屋。

ぼすんっとベッドに倒れこみそのまま眠りについた。



次の日ハンナが朝起きてリビングに行くとバハルが既に椅子に座り、朝食をとろうとしていた。

ハンナはバハルの隣に座り、食事を食べる。

バハルは何事もなかったかのように、おはようと言ってきたのでおはにょと返す。

そうか、バハルはおじさ……大人だからあんなことすぐ忘れちゃうんだ。そう思い急いで食べて早く部屋に戻りたかった。

「そんなに急いで食べると、つまらせるぞ」

バハルが私を心配そうに見ている。

以前とは違うんだしつまらせるわけないでしょ、と思いながら食べていたら、詰まらせた。

そんな目で見ないでほしい

いつもと同じ日常だと思っていたけれど、バハルはこの日から私にキスをしなくなった。


*******


それから半年間食事をしっかりとったからか少身長が少し伸び、体もしっかりと出てるところは出て、お腹はまあまあキュッとしてるかな?

胸はぺったんこだったけど、今はいい感じに膨らんでると自分では思ってる。

髪は長さが不揃いだったのでスラングに整える程度に髪を切ってもらった。

スラングは本当に何でもできる、おじさんだけどお母さんみたい。

バハルは髪にいいからとか勉強に、ととにかくいろんなものを買ってくる。まだ使いきれてないのにどんどん新しいのを買ってくるので本棚やタンスの中にまだ使っていないものがたまってきている。


毎日スラングと絵本を読んだり、字を書く練習をしたりする時間を増やした。

ハンナが起きるころには、バハルはいつも冒険者として仕事に出て行った後だった。

毎日バハルは遅くても早く帰ってきても一輪の花を買って帰ってくる。以前私がきれいだといった白いユリの花。

一日で枯れるわけではないので、スラングからもう花瓶がないのでしばらく買ってこないで下さいと言われていた。バハルは少ししょんぼりしていた。

それでも毎日ではなく3日に一回ユリの花を買ってくる。

食事も何でも食べれるようになった。

どんどん話せるようになった。

字はまだ汚いけれど、手紙を書けるようにもなった

家の周りも少しだけ散歩できるくらいにはなった

バハルはあれから同じベッドで寝なくなったがしばらくすると一人で寝るのにも慣れた。

バハルはキスをしなくなったが、時々手を握る。最初は指先が暖かいだけだったけれど、

そのうち腕、肩、胸、全身に熱が巡る感じがした。不思議な感じだったけれどとても心地よかった。手を離すと一気に熱が冷め変な感じ。

バハルは本や絵本をたくさん買ってくる。

最近は勇者と聖女の物語の本ばかり。あと少しで勇者と聖女が魔族領に戦争しに行くからかもしれない。

たくさんの絵本を見て私は気が付いた。

首にある首輪が 隷属の首輪 ということを。

バハルとスラングが親や里親ではないことはなんとなくわかっていた。

本当の家族ではないことに最初は数日泣いて過ごした。


本や絵本に描かれた奴隷たちは強制労働や、実験台や愛人になったりただの欲望の処理に扱われたりしている。

バハルがあの日私にどんなことをしてこようとしていたのかも知った。

子供にこんな本買ってくるなよ、と思ったが何も知らない私へのバハルなりの優しさなんだと知った。

バハルはキスしたり未遂だったけど、やめてくれた。

本に描かれているような扱いはされたことはなかった。


ハンナが二階の自室で本を読んでいると珍しくバハルが昼過ぎに帰ってきた。

バハルとスラングが何かを話している。

ドアを開け一階に降りるとバハルと目が合う。

スラングは少しだけ悲しそうな目をしていた。

バハルは服を買ってきたから着替えておいでと紙袋を渡す。



*********


「いやだ」

「わがままを言うな、ハンナ。」

さっきまでの目とは違い、少し怒っているようにも見える。

「今の格好じゃダメ?」

あれから何度も外に出かけたりしている。

今着ている服でも何度も出かけている。


バハルははぁ、とため息をつく。

「早くしなさい、ハンナ」

少し呆れるような声を出したバハルに、私は家族じゃない奴隷なんだと思い、分かった、と言って部屋に戻り紙袋から出した服を見ると高そうな服だ。

きれいな服だけれど、なぜこの服に着替えなければいけないのかわからず不安になる。


着替えてリビングに戻り

良く似合ってる

と バハルは優しく微笑んでいた

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